ある女流作家の罪と罰

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ある女流作家の罪と罰

出典:IMDb

 

「ある女流作家の罪と罰」

原題:Can You Ever Forgive Me?

監督:マリエル・ヘラー

2018年 アメリカ映画 106分

キャスト:メリッサ・マッカーシー

     リチャード・E・グラント

     ドリー・ウェルズ

     ジェーン・カーティン

 

かつてベストセラー作家だったリーは、今や酒に

おぼれ、家賃を滞納し、愛猫の治療費もままならない

状況である。彼女は遂に大切にしていた

キャサリン・ヘップバーンの手紙を古書店に持ち込むと
それなりの値段で売れてしまう。それに味をしめたリーは、

有名作家の手紙を偽造することを思いつくのだった。


<お勧め星>☆☆☆☆ 人生の悲哀が感じられ、罪を犯して

いるのになぜか憎み切れないヒロイン役を

メリッサ・マッカーシーが好演しています。


卑しくも最高


リー・イスラエル役は「デンジャラス・バディ」(2014)

などでぽっちゃり体型を生かしたコミカルな役を演じている

メリッサ・マッカーシーです。この人に下品な言葉を使わせ、

だらしない服装をさせたら、もうどうしようもなく自堕落な

人間が完璧に出来上がります。

でも実際はこんな風に可愛い方なんです。

 

ある女流作家の罪と罰
出典:IMDb

 

「デンジャラス・バディ」では、FBI捜査官アッシュバーン役の

サンドラ・ブロックがくそ真面目で融通の利かない人間を演じ、

その真反対の野蛮で暴力的な不良刑事マリンズを

メリッサ・マッカーシーが演じています。このデコボココンビは

実はどちらも職場で浮いているんですね。それが捜査を続けて

いくうえでいかにして心を通わせていくか、コンビで進めていく

捜査状況とともに、数多くのずっこけシーンで楽しませてくれます。
さて、この映画のリーはかつては(10年前)ベストセラー作家

だったのに、今は一向に書くことは出来ず、会社もクビになり、

超ボンビーかつ酒におぼれた生活を送っているのです。最初この役は
ジュリアン・ムーアだったそうですが、メリッサ・マッカーシーに

替えて大正解だと思います。ジュリアン・ムーアがもし演じたと

したら、とことん不幸な女性に感じてしまいそう。確かに不幸の

どん底にいるけれど、そこに何となく沸き起こる笑いを秘めて

いることで、見ている側もウルトラ暗くなることはないのです。
そしてリーは、まず基本的に人間関係を築くのが苦手であり、

服装も言葉もその場にあったものが使えず(協調性ゼロ)

プライドだけは高いというかなりややこしい人物です。さらに

掃除や片付けが嫌いなのは映画の中盤に、ベッドの下に猫のウンチが

山ほどあることからも伺えます。いや猫トイレは置かないんだろうか。

まさに汚部屋なんですよ。ハエが飛んでいるのも当たり前。

ハエがいるということはその子供がいて...。キャー、考えたくない!
そんな彼女は家賃を滞納し、治療費滞納で病気の猫の診察もして

もらえず、本当に困ってしまうのです。ただ会社をクビになった

ことから始まった一連の不幸は、全て自分のせいにしないところが
リーの嫌なところです。本が出せないのも、自分の書きたいものを

サポートするエージェントの対応が悪いから。だいたい嫌われ人間

の定番は自分のせいにしないことから始まるというものです。

 

ある女流作家の罪と罰
出典:IMDb

 

でもとにかくお金がいるので、大事に飾ってあった

キャサリン・ヘップバーンの手紙を古書店に持ち込むと、

これが売れてしまうんですね。さらに図書館で彼女が調べて

いた人物の本に偶然その人物の私信が挟まっており、それも

売れてしまう。これだったら、何か家にあるお宝を探して、

メルカリで、いや古書店で売れば、家にいてお金が自動的に

入ってくるシステムができあがるのでないか。
それは無理。さすがにそれほどお宝は転がっておらず、リーは

試しに有名作家のサインを真似して手紙を偽造してみます。

するとそれも高値で売れる。そりゃもうやめられません。

もちろんその手紙のに価値を見出されたということは、その

手紙の文を書いたリーの才能をほめられたように思ったに

違いありません。オリジナルは書けないけれど、有名作家の

文体や私生活を調べて手紙という形で表現することは出来る

という謎の自信ですが。

 

ある女流作家の罪と罰
出典:IMDb

 

それと同時にジャックというチャラい初老の男性と出会い、その

秘密を打ち明け、束の間の幸せな時間を過ごすのです。いっしょに

酒を飲み、食事をし、いやな奴にいたずらをし..。これが恋愛関係に
ならないのは互いの性的嗜好もあるけれど、もしそうでなかった

としても絶対に恋愛対象にならない相手だったと思う。
とはいえいつまでもその時間が続くわけもありません。その崩壊

していく様も絶望的に感じられず、淡々と受け入れられたのは、

やはりメリッサ・マッカーシーがヒロインを演じていたからだと

感じます。
BGMのジャズはニューヨークの風景によく合っており、またラスト

の1カットにはニヤリとしてしまいました。

 

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パッドマン 5億人の女性を救った男

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パッドマン

出典:IMDb

 

「パッドマン 5億人の女性を救った男」

原題:Padman

監督:R・バールチ

2018年 インド映画 140分

キャスト:アクシャイ・クマール

     ソーナム・カプール

     ラーディカー・アープテー

     アミターブ・バッチャン

 

最愛の妻ガヤトリが生理中、不潔な布で処理をし、家の

外で生活するのを見て、ラクシュミは、女性用パッドを

プレゼントする。しかしそれはあまりに高額であり、

妻に断られてしまう。手先の器用なラクシュミは自分で

パッドを作ることを思いつくのだったが..。


<お勧め星>☆☆☆☆半 1人の男性の一途な思いに感動

するとともにさりげない大人の恋愛も楽しめます。


男として楽しむには女性的な面も必要


インド映画らしく華やかな結婚式のシーンから始まり、

歌と踊りと極彩色の衣装で楽しませてくれます。毎日

作業所に出勤するラクシュミのためにお弁当を持たせ

(「めぐり逢わせのお弁当」(2013)で見たあの

お弁当箱と同じ)シャツをズボンの中に入れてあげるのが

ガヤトリの日課なのです。

 

パッドマン

出典:IMDb

 

しかし月に5日だけ離れ離れにならなければなりません。それが

毎月訪れる月経で、その間女性は、布切れで処理をし、家の外の

部屋で隔離されたような生活をするわけです。そこには

ヒンズー教の法典「マヌ法典」の条文が根強く存在し、生理中は

「外出できない」「学校を休む」という差別的な問題と

「不衛生な布を使う」「病気の恐れが多い」という健康的な問題を

女性に課しています。映画内で何度も「恥」というセリフが

出てくるように、生理中は「恥じる身の上」であり、

「恥を抱えて生きるより病気で死ぬことを望む」
とまでガヤトリは言い放つのです。

中学生の頃修学旅行に行った先輩が帰ってきたときに

「○○って生理中にお風呂に入るのよ。汚い」

と言ったことを思い出しました。とても意地悪な先輩で苦手だった

けれど、その言葉を聞いて修学旅行の時生理中だったら嫌われる

のかなと心配したものです。全然汚くないのにね。
ラクシュミが生理用ナプキンを作ろうと考えたのは、市販のものが

あまりに高いのと最愛の妻ガヤトリが不潔な処理で病気になることを

恐れたからだけなのです。しかし家でも親戚でも村でも「変態」
「狂っている」「呪われている」とまで責め立てられ、夫を愛する

ガヤトリさえも彼がみんなに侮辱されることに耐えきれず、遂に

実家に連れ戻されてしまいます。ラクシュミの一途な思いはある意味
執着しすぎているようにも思え、郷に入ったら郷に従え的に

暮らしたらいいのにとさえ思ってしまいます。しかし今ある問題を

解決するためには、それに立ち向かう人間が存在しないと物事は

一つも前に進みません。どんなに不快でも波風のない生活を望むか、

その不快を打ち消すためにエネルギーを使うかは本人次第。

 

パッドマン
出典:IMDb

 

ラクシュミは幸いパリーという進歩的な女性と出会い、彼女の

アイデアで失敗を成功に変えていきます。パリーの父がインド

工科大学の教授だったことも本当にラッキーなことでした。

パリーの存在は女性には女性の力が必要なものもあるという

側面も描かれており、なぜラクシュミがあれほどまでに女性に

拒否されたのかも明確に示されているのです。さらに女性たち

の置かれている極めて低い地位を高めていくために、「仕事」

というものも与えます。「夫がいないと生活できないから」

ではなく自分の力で金を得るという行動を知るきっかけにも

なるのです。
今やもう過去の遺物のような言葉「男らしく」「女らしく」

ですが、男性ができることと女性ができることは全く同じ

ではなく、それぞれが互いの特性を理解し、尊重し合うことが、

社会の進歩にも繋がるのではないのかなと思っています。

それは単なる性別上の問題ではなく「男のくせにビービー泣く

なんて」や「女のくせに意見を言うなんて生意気だ」という

画一的な考え方は『時代遅れ』だと言いたいのです。これ

いつまで言わないといけないんだろう。
映画ではパリーとの淡い恋愛模様が描かれていますが、あの

部分はフィクションだそう。でもあの二人の空港でのシーンは

本当に心に残りました。それは互いの未来のため、本来の目的

のために前に進むということを意味しているのだと思うと

大変気分がいいです。でもちょっと胸が痛みました。
ラストは大団円の歌と踊りで大盛り上がり。しかし邦題の

「5億人の女性を救った男」は間違っているぞ。まだ普及率は

低くてこれからもっと努力が必要なのだから。

 

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足跡はかき消して

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足跡はかき消して

出典:IMDb

 

「足跡はかき消して」

原題:Leave No Trace

監督:デブラ・グラニック

2018年 アメリカ映画 109分

キャスト:ベン・フォスター

     トーマシン・ハーコード・マッケンジー

     ジェフ・コーパー

     デイル・ディッキー

 

退役軍人でPTSDに苦しむウィルは、13歳の娘トムと

森の奥深くで暮らしていた。しかしトムが誰かに姿を

見られてしまい、彼らは保安官によって山から降ろされ、

強制的に社会復帰を目指すことになるのだった..。


<お勧め星>☆☆☆☆ 静かすぎるほど静かな映画ですが、

2人の心の内が強く伝わる内容です。


自分を立て直す


監督は「ウィンターズ・ボーン」(2010)の

デブラ・グラニック。ミズーリ州の高原に暮らし、家を捨てた

父と心を病む母に代わって一家の主として弟妹との生活を

支える17歳の少女を、ジェニファー・ローレンスが
演じていました。彼女は当時20歳でアカデミー賞

主演女優賞にノミネートされています。どこまでも暗く

寒々しい空同様に、希望すら持つ余裕のない少女の姿を、

感情を押し殺したような表情と時折見せるその年齢らしい

笑顔とを見事に組み合わせて演じていたと思います。
あの映画同様にこの「足跡はかき消して」も強い少女の姿を

描いていますが、それは最初から強かったのではなく、映画で

映し出されている期間に、自らの意思を持ち、それを行動に

移す勇気を持つというものです。

 

足跡はかき消して
出典:IMDb

 

退役軍人でPTSDに悩まされているウィルが娘トムと暮らして

いるのは、外の世界と一切接触がない国立公園の森の奥深くです。

うっそうと生い茂る木々や草の緑の中のところどころから

漏れる明るい日差し。
そしてその光に照らされて輝く蜘蛛の巣の美しさは、2人が

自給自足生活をしていても、それなりに幸せなのだと感じさせて

くれます。いつ頃からこの生活をしていたのでしょうか。
しかしある時トムが誰かに姿を見られてしまい、その後訪れた

保安官たちによって2人は山から降ろされるのです。自らの

意志で山に入り込んだウィルと、山の中での生活しか知らない

トムとの心の隔たりはこの時から広がっていきます。
「ルーム」(2015)は全く異なる状況下から解放された

母子のその後を描いていました。しかしすぐに外の世界に順応

した息子の比べ、母親の状況の過酷さは、息子の存在も重なって、

胸が苦しくなり絶望すら感じてしまったほどです。

 

足跡はかき消して
出典:IMDb

 

同じように強制的に社会復帰させられたトムは、あらゆるものに

好奇心を持ち、目を輝かせながら他人と交流します。しかし

それがウィルにとっては「ルールに従う」という自らが最も

苦痛に感じることにほかならなかったわけです。山の生活では

お互いを信頼し合っていたのに(二人しかいないから当然)、

町では、トムの行動に疑いを持ち、いつもそばにいるわけでない

ことにウィル自身が疎外感を覚えてしまいます。信頼が揺らぐのです。

 

足跡はかき消して
出典:IMDb

 

終盤のワシントン州の森は、暗く、寒く、湿ったもので、二人の吐く息は

白く、トムの鼻は真っ赤に染まります。トムが気に入って受け入れて

いくものを、全てウィルは消し去っていくけれど、「父が家」
と言い切るトムが行動を起こすときが来るのでしょうか。そんな思いを

抱いていると、同じことを繰り返そうとするウィルに対し、トムは

遂に足を止めてしまいます。その時の二人の表情をじっくり見てほしい。

とても多くの思いが一気に押し寄せた二人の胸の内を感じ取ってほしい。

あんなに美しく見えた蜘蛛の巣は、やはり日差しを受けて光り輝いて

いるけれど、そこにかつての生活は存在し得ないと強く感じました。

 

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グリーンブック

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グリーンブック

出典:IMDb

 

「グリーンブック」

原題:Green Book

監督:ピーター・ファレリー

2018年 アメリカ映画 130分

キャスト:ヴィゴ・モーテセン

     マハーシャラ・アリ

     リンダ・カーデリー

     ディミテル・ロ・マリノフ

     マイク・ハットン

 

イタリア系アメリカ人で粗野なトニーは、アフリカ系

アメリカ人で教養溢れるピアニスト、ドンのツアー運転手

として雇われる。ツアー先は人種差別が根強く残る南部の

諸州であり、行く先々でドンは不快な出来事に遭遇するの

だった。


<お勧め星>☆☆☆☆ いろいろな考え方があるけれど、

私は見終わって気分が明るくなれる映画でした。


相手を知るチャンス


まず始めに驚いたのが、ヴィゴ・モーテンセンの体型です。

「イースタン・プロミス」(2007)でサウナ内の全裸、

本当にぜ・ん・ら乱闘を見せてくれた時のあの精悍な身体は

どこにいったのでしょう。切れ味抜群の剃刀のような視線や

割れた腹筋はどこへ行ったのでしょうか。食べ物に目がなく、

ホットドッグ大食い競争で勝ったり、ケンタッキー・フライド

チキンを次から次へと口に放り込む違う意味での豪快な男かつ

ポッコリお腹に変わっています。これはもちろん役作りの

一つであり、14kg増量し、撮影中もずっと食べ続けていた

らしいです。ああ、よかった。ただの中年太りじゃなかったんだ。
全裸で思い出すのは「アメリカン・サイコ」(2000)

でのクリスチャン・ベールの全裸チェーンソーです。全裸で

チェーンソーを持って女性を追いかけるウルトラ怖い男を

演じていました。写真を保存しちゃっているかも..。彼も

役作りのために自由自在に体型を変える俳優であり、そういえば

髪の毛や歯も抜いていた映画もありました。
さてヴィゴが演じるイタリア系アメリカ人のトニーは、

ニューヨークのナイトクラブで用心棒として働く無教養だけれど、

口と腕力にたけた男です。ズルをしても結果的に勝てばいい的な

考え方でまじめにコツコツというタイプには全く縁遠い模様。

さらに最初のシーンからもわかるようにトニー自身は黒人に対し

差別意識を持っているので、そんな彼が黒人であるドンの下で

働くことなど受けるはずもないのです。

 

グリーンブック

出典:IMDb

 

ドクター=医者=白人と思っていたら、現れたのはカーネギー

ホールの2階の豪華な部屋に暮らす黒人のドンで、医者ではなく

名ピアニストだという。どうやらとっても有名なピアニスト

らしいし、ギャラも高額だけれど、おいら、ちょっとこの

仕事は受けられねえわ!

 

 

グリーンブック
出典:IMDb

 

とは言ったものの、家族を養うのにお金が必要なトニーは、

運転手兼ボディガードとしてドンと共に出発します。

その車はキャデラック・ドゥビルで色はブルーグリーンという

トルコ石のような美しいボディカラーなんです。こういう風に

ガソリンをダラダラ垂れ流しながら走る大きな車に一度乗って

みたいものです。
ドンを演じるのは「ムーンライト」(2016)の

マハーシャラ・アリ。大家族で狭い部屋に暮らし、いつもワイワイ

にぎやかに食事をしているトニーとは全く反対で、執事一人を

したがえ、豪華な調度品に囲まれていても、たった一人で

過ごしている孤独なドンの家族関係はほとんど語られません。

 

グリーンブック
出典:IMDb

 

こうして出発したツアーで、教養もあり才能にあふれ上品な

ドンという人が、トニーが抱いていた黒人像とは全く異なって

いることに、彼はなかなか気づかないんです。黒人が好きだと

自分で思い込んでいる歌や食べ物、行動を一方的に語り、

ケンタッキー州に行けば、フライドチキンをバケツで購入し、

食べながら運転します。ハンドルが脂でべたべたになろうが

お構いなしなです。これを初めて食べるドンが「衛生面で」

「この骨はどうすれば」などと語るのはクスリと笑えてしまう。

ドンはニューヨークなど大都会では有名であり、彼の演奏を

多くのお金持ちの白人たちが聴きに来ては大喝采を送るけれど、

それは彼の演奏にではなく、有名である彼の演奏を聴いたことが

ステータスなのだと思っていることにとっくに気づいているの

ですね。だから南部の州をツアー先に選んだのです。
トニーが黒人について知識が極めて浅かったのと同様に、ドンも

才能にあふれ上流の生活をしてきたために、黒人文化になじみが

全くなかったことがわかります。それはドンという人間のルーツは
どこにあるのかということにもつながるような気がしてしまう。

白人社会ではドンは「黒人」であり、黒人社会では「白人に

等しい黒人」なのではないかということです。

 

グリーンブック

出典:IMDb

 

終盤に車がオーバーヒートして止まってしまったときに、綿畑で

働く黒人労働者が、ドンを極めて奇妙な目で見ることに象徴されて

います。
黒人向けガイドブック「グリーンブック」

The Negro Motorist Green Bookを持ち、ジム・クロウ法が

まだ存在していた時代の南部で彼らが、いやドンがどのような

扱いを受けるのか、行く前からわかっているけれど、そこで彼と

トニーがどう対処していくかを見ていると、このツアーがお互いの

距離を縮め、そして深い友情を結ぶきっかけになったことは

間違いありません。
「暴力は敗北」とドンは言います。しかし耐え続けることだけで

先に進めるものではないとトニーが体をもって教えてくれたと

思っています。
白人視点による黒人描写にすぎないという意見も読みましたが、

こういう時代を知らなかった人がそれを知るきっかけになった

のならそれはそれでいいと思うのです。さらに俳優2人の演技も

素晴らしい。
何より、バーミンガムの安酒場の舞台でドンが弾くクラッシック

「木枯らしのエチュード」から始まり、その後のアドリブの

セッションは、そこにいた人々全員の心を一つにしていくのが

手に取るようにわかり、それがドンのピアノ演奏の力だと強く

感じました。

 

 

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判決、ふたつのの希望

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判決、ふたつの希望

出典:IMDb

 

「判決、ふたつの希望」

原題:L'insulte

監督:ジアド・ドゥエイリ

2017年 レバノン=フランス映画 113分

キャスト:アデル・カラム

     カメル・エル・バシャ

     リタ・ハーエク

     クリスティーン・シュウェイリー

 

 

判決、ふたつの希望

出典:IMDb

 

レバノンの首都ベイルートで自動車修理工場を営む

トニーは身重の妻シリーンと暮らしていたが、ある日

パレスチナ人の工事現場監督ヤーセルといさかいを

起こしてしまう。謝罪を求めるトニーと彼が発した一言が
許しがたいヤーセルは、法廷で争うことになってしまう。


<お勧め星>☆☆☆☆ 禍根はいつかは消えることがあるの

でしょうか。


言論の自由と責任


映画の冒頭に主人公のトニーはレバノン軍団の集会で演説者

に向けて熱烈な支持表明を行っています。このレバノン軍団

はキリスト教マロン派の右派政党で、トニーは仕事場でも

演説を流し続けているほどの熱狂的な支持者らしい。この理由

は映画の終盤に法廷で明らかにされてしまうのですが、この

ように自分の過去の経験という理由は、そこにある怒りを

ある程度は他者に説明する要素を持つかもしれません。
しかし漠然と「強さ」を求めたり「幻想」のようなものに

かられているとしたら、あまりに愚かだとしか思えません。
そしてトニーの家のバルコニーから流れた水が、下で工事を

しているヤーセルにかかってしまうのです。これは明らかに

嫌がらせっぽい。違法建築を修理中の現場監督ヤーセルは

「といを修理した方がいい」
とトニーに言いに行きますが、トニーはけんもほろろに

追い払ってしまいます。するとヤーセルは無許可でといを設置し、

それをトニーが目の前でぶち壊すという行動に出るのです。

「クズ野郎」
ヤーセルが発したこの言葉にトニーは激怒し、謝罪を求める

けれど、ヤーセルもなかなか謝罪をしません。なんとか所長と

共にトニーの工場に謝罪に行くと、例の演説が大音量で流れて

いるわけです。その上

「シャロンに抹殺されてればな!」

とトニーに言われたヤーセルは、遂に彼を突き飛ばしけがを

させてしまうのです。子供の喧嘩がおおごとになった感じです。

(ここで出て来たシャロンはイスラエルの15代首相で最も

パレスチナに強硬姿勢を貫いたタカ派の政治家でした。)
結局この喧嘩が法廷に持ち込まれ、互いに代理人なしの裁判と

なります。不思議なことに行動としての暴力とその暴力を呼ぶ

ような暴言が同等に扱われていることです。裁判官は両者に

「何を言ったか」を尋ねるのですが、どちらも口にしません。

おそらく何を言ったか想像がつくのでしょう。さらにトニーが

悪態をついたこともあってか、ヤーセルは無罪になるのです。

ずいぶん前に新幹線の自由席を巡って喧嘩になり、裁判に持ち

込まれた事件がありました。確かカバンで席を確保していたのに、

それをどかして座った相手と殴り合いになったんじゃなかった

かしら。結局先に手を出した方が有罪になったと記憶しています。

確保しておいて席を取られるのはすごく頭に来るけれど、よくも

まあカバンをどかしてまで座った人がいるもんだと思ったものです。
映画内の裁判の判決後、トニーが仕事場で倒れ、それを起こそうと

したシリーンが切迫早産してしまったことで、彼はさらに怒りを

募らせるわけです。そこでキリスト教右派の大物弁護士ワジュディー

に相談すると無料で裁判を引き受けると言います。この時点で

子供の喧嘩レベルが政治的なものへと変わりつつあることに気づく

のです。

 

判決、ふたつの希望

出典:IMDb

 

一方のヤーセルには、弱者救済を目指しているナディーンという

女性弁護士がつきます。彼女がヤーセルの住む小汚い地域に

ハイヒールで何となく嫌そうに入っていく姿を見ると、目標は

高尚であるけれど、根本的には差別している心があるのだと

感じます。そしてこの弁護士同士が実の親娘というのはちょっと

余分な設定かしら。
ちょっとした口喧嘩が民族、宗教、過去の戦争などで対立する

国民の争いへと広がっていくのは本当にあっという間で、例の

「シャロンに抹殺されてればな!」

も「言論の自由」と言い切られてしまうのです。
あとで監督の言葉を読みましたが、監督自身もどんなヘイトな

内容も発信する自由はあると思っているようで、そこに「責任」を

持つことが大前提だと言っています。逆に言うと責任さえ持てば
何を言ってもいいのでしょうか。これは何か言うとすぐに殺される

ことすらあった国で育った監督自身の経験からの独自の考えだと

思います。
レバノンという国が何度も中東戦争に巻き込まれ、PLO

(パレスチナ解放戦線)に自治政府並みの特権を与える寛容な国で

あったため、レバノンの主流であるキリスト教マロン派と

イスラム教スンニ派、シーア派の民兵が入り乱れての内戦へと発展

していきました。多くの犠牲を払ったレバノン人にとってなぜ自国

レバノンで「パレスチナの大義のために」自国民が我慢をしないと

いけないのかと思うのもある部分では理解できます。

一方のパレスチナ人もレバノンで虐殺された過去を持ち、現在も

何の保障もなく不能就労扱いながら多くの仕事をしているのになぜ

憎まれなければならないのか。これまで積み重ねてきたレバノンと

パレスチナの負の歴史が、この1つの裁判に集約されているかのように

思われます。

 

判決、ふたつの希望
出典:IMDb

 

トニーとヤーセルの駐車した車の位置が真逆であるのは、彼ら

2人の心をそのまま表していますが、おんぼろでエンジンが

かからないヤーセルの車を見て、先に発車したトニーが戻ってきて、

修理をしてくれます。そんな小さなことでもつれあった心の糸は

ほどかれていくのです。
またヤーセルだけでなくトニーにも負の歴史を経験していたことを

知ると、敗北は負の歴史を背負うことだけれど、歴史を踏まえて進む

ことが「新たな時代」を意味するのだと実感しました。
ワジュディー弁護士は過去に遡って見つめなおそうと言い、

ナディーン弁護士は未来を見ようと言いました。その両方が正しく、

それがラストのかつてのどかだった時と変わらない静かで美しい町を
取り戻しているトニーの故郷ダムールの景色につながっていた気が

します。

 

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尋問

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尋問

出典:IMDb

 

「尋問」

原題:Visaaranai/Interrogation

監督:ヴェトリマーラン

2015年 インド映画 118分

キャスト:ディネシュ

     サムティラカーニ

     アナンディ

     ムルガドス

 

尋問

出典:IMDb

 

タミル州出身のパンディは友人ムルガン、クマール、

アフザルと公園で寝泊まりしながら小さな店で働いて

いる。ある日彼は店に来た警官に突然逮捕され、他の

3人と警察署で身に覚えのない泥棒の罪を認めるように
暴行を受けるのだった。


<お勧め星>☆☆☆☆ 陽気で勧善懲悪のインド映画を

イメージしていると全く異なる重い内容に驚きます。


生きるために人を殺す


118分の映画の中に3つのストーリーが盛り込まれて

います。
1つはタミル、ナードゥ州からアーンドラ、ブラデーシュ州、

グントゥーラに出稼ぎに来ているタミル語しかわからない

パンディ、ムルガン、クマール、アフザルが泥棒犯に仕立て

上げられ、自白を強要されて酷い暴行を受ける話。
2つめは、タミル、ナードゥ州の大物政治家たちの会計監査を

するKKが、警察官ムットヴェール主導で拘束され、彼以外の

警察官に拷問を受ける話。
3つめは、裁判官への必死の訴えで釈放された例の4人のうち

3人が再び警察署に戻り、そこからKK拘束の手伝いと警察署の

掃除を始めてからの話。
1つめと2つめの流れから3つめにつながるわけですが、実話は

1つめのみで、裁判所で釈放を言い渡され、ただ一人故郷の村で

車を降りたクマールが、その後、当時の体験談を「Lock Up」と

いう小説に書き上げています。

しかし、インド国内では事件を「片付けること」が優先され、

「真犯人」ではなく「犯人」を作り上げることが普通に行われて

いるそうです。そこには言語、宗教が混在する以上に、今なお

存在する「カースト制度」を認めなければなりません。序盤に

パンディが心を寄せるシャンティという警察官の家のメイドが、

あざだらけの腕をしていることからも予測できます。

 

尋問
出典:IMDb

 

そして突然拘束された4人が「認めろ」と言われ、殴られ続け、

水責めを受け、逆さづりにされるという拷問を受けます。

「何を認めるのですか」と尋ねただけでも再び暴行を受けるの

です。

 

尋問
出典:IMDb

 

1000万ルピー泥棒犯を見つけないと、自分の地位が危ういと

上司から叱責される警察官は、その上司がさらにその上司から

責められていることをとっくに知っているし、それがインドの

階級制度なのだろうと思ってしまう。そこには利権、縁故も絡み、

金も行き交っているのです。そんな複雑な情況の中で何も

わからないまま拘束された4人が不遇でなりません。
裁判所で、何とか裁判官に「拷問によって自白を強要された」

ことを認めてもらい(この裁判官が英語を話す)4人は釈放されます。

しかし村へ送ってもらう途中、クマルの下車の後、3人は

ムットヴェール警察官のある仕事を手伝い、その後警察署の掃除も

任せられるのです。

彼らがあまりに純真で人を疑わないことが全て裏目に出ていくのは

大変つらい。ムットヴェールには裁判所での通訳をしてもらった
という恩義もあったからで、そのお礼をしたかっただけなのです。

そもそも言葉がわからないのですから、警察署で話していること

などわかるはずもないのに。
恩を返そうと良心に従って行動したら、それがどんどん悪い方向に

向かってしまったと言ってしまうのはあまりに不条理ではない

でしょうか。
終盤、発砲による流血シーンがあり、そこだけ白黒に変わり、

スロー映像になります。そして闇の中に響き渡る2発の銃声で

エンドロールを迎えるのです。無音のエンドロールを見ながら

何を思い浮かべるか。
「生きるために人を殺すことなんてできない」という人間としての

普通の考えを踏みにじるのもまた人間なのだと実感しました。

 

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1987.ある闘いの真実

3

JUGEMテーマ:韓国映画全般

 

1987

出典:IMDb

 

「1987.ある闘いの真実」

原題:1987:When the Day Comes

監督:チャン・ジュナン

2017年 韓国映画 129分

キャスト:キム・ユンソク

     ユ・ヘジン

     キム・テリ

     ソル・ギョング

     カン・ドンウォン

 

軍事独裁政権化の1987年、韓国。ソウル大学の

学生が警察の取り調べ中に死亡する。チェ検事は上司の

指示に背き、慣例通り検死解剖を命じると、死因が拷問

によるものだったと判明するのだった。


<お勧め星>☆☆☆☆半 どうしてこんな映画を自国で

作れるのだろうか。ラストは涙が止まりませんでした。


真実を求める声ははやがて沸点に達する


昨年見た「タクシー運転手 約束は海を越えて」(2017)

が1980年の光州事件を一人のタクシー運転手の視点で

描いていたのに対し、「1987.ある闘いの真実」は、

その後続いた全斗煥大統領による軍事独裁政権への市民全体

の視点で描いています。それは学生であり、検事であり、

新聞記者であり、神父であり、看守であり、被害者家族でありと、

本当に多くの視点で映し出されていくのです。
翌年にソウル五輪を控えた1987年。漢江の奇跡と呼ばれる

ほどの経済成長を遂げていた韓国は、国内ではレーガン政権の

支持を得た全斗煥大統領が、北朝鮮の脅威を煽り、強圧的な

軍事独裁政権を行っていたのです。冒頭にあるように南営洞

では、多くの人々が「北のスパイ」容疑をかけられ、数々の

拷問を受けていました。鼻歌を歌いながら無実の人々を水攻め

にし、電気ショックを与え、椅子をけり倒す。この場所が

映画内で映るたびに、遠くから悲鳴やうめき声が聞こえてくる

のです。
そして一人の学生が「心臓発作」で死亡します。明らかに

「何かがあった」はずだけれど、そこは目をつぶって

「即火葬せよ」と言われれば指示に従うはず。ところが、

公安部長のチェ検事は「解剖してから火葬するのが慣例」と

突っぱねるんですね。

 

1987

出典:IMDb

 

いろいろな脅しやわいろにも目もくれず、「検死」を主張

すると、その検死自体にも邪魔が入るし、家族は直接遺体に

面会することすらできないという事実を知ります。そこで、

さあ、彼が...。

 

1987

出典:IMDb

 

この役は「お嬢さん」(2017)のハ・ジョンウなんですが、

そこそこ頑張った後にその情報を新聞記者に渡して、職場を

去ります。では新聞が当時正確なことを報道していたかというと、

実は「報道指針」という政府が出したものに従って報道しており、

政権に都合の悪いことは書くことは許されなかったのです。

映画の中盤にそれを破ったことで、警官が押し掛け、社内を破壊

していくシーンがあります。こんなことが許されていた時代が

ほんの30年前にあったのですね。

 

1987
出典:IMDb

 

さらに警察内でも治安部と対共部との対立があり、拷問が

バレると警官が警官を逮捕していき拷問するという、極めて

おかしな状況を目にします。「正義」は存在しないのかと

思ってしまう。いや「正義」の定義はどこで決めるかが問題

になってくるか。

 

1987
出典:IMDb

 

一方、おなじみのユ・ヘジン演じる看守ビョンヨンは、実は

手配中のキム・ジョンナムへ獄中の情報を提供する任務を

背負っています。「タクシー運転手」では広州のタクシー運転手

の一人で、あり得ないようなカーチェイスを繰り広げていた

けれど、今回は、人のよさそうな顔つきで、大変重要な役割を

果たしていきます。そしてヨニが思いがけずデモに巻き込まれた

時に、その身を救ってくれた延世大学生、イニョル役は

カン・ドンウォン。すっごくイケメンだからすぐにわかっちゃう。

そして彼がこの役を自ら演じることを望んで取り組んだことを

知ると、勇気ある行為にまた惚れ直してしまいます。映画製作当時

朴槿恵政権であり、表現に対する弾圧が強かったため、極秘裏に

撮影が進められたそうですが、その時期に決して潤沢と言えない

資金でこのような映画を作れたことは本当に価値のあることだと

思います。

またイニョルが主催する漫画サークルで「1980年の光州事件」

のビデオが流されます。あれは、「タクシー運転手」でドイツ人

記者が持ち出したあの映像なんですね。監督自身が高校3年生の

時にそのビデオを見て、事件について初めて知りとても驚いたそうです。
綺麗ごとだらけの歴史映画ではなく、国の闇の部分に光を当てて、

多くの人々に知らせることこそが映画や出版物の役割ではないかと

実感します。コミックが原作の映画やアイドル主演の映画で
興行収入を上げることだけを考えていたら、映画の質は下がる一方

だよなあ。
独裁打倒、護憲撤廃、と強く叫ぶデモの人波が、どんどん膨れ上がる

のは、それだけ多くの人々が怒り、嘆き、悲しみ、国を愛している

ことの表れであり、これをきっかけに、韓国に民主化宣言が発表
されたことは、大変意義のある行為だったと思います。
ラスト付近からエンドロールにかけては涙が止まらなかったです。

 

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否定と肯定

3

JUGEMテーマ:洋画

 

否定と肯定

出典:IMDb

 

「否定と肯定」

原題:Denial

監督:ミック・ジャクソン

2016年 アメリカ=イギリス映画 110分

キャスト:レイチェル・ワイズ

     トム・ウィルキンソン

     ティモシー・スポール

     アンドリュー・スコット

 

アメリカのホロコースト研究家デボラ・リップシュタットは、

自分の著書で、ホロコースト否定論者のアーヴィングを攻撃

したことから、彼によってイギリスの裁判所に名誉棄損で

訴えられる。彼女は弁護チームを結成し、アーヴィングの

嘘を暴いていくが..。


<お勧め星>☆☆☆☆ 事実は1つだけれど、真実はいくつも

あって、そこに嘘が混じる恐怖を体感します。


同じ土俵に乗ってはいけない


この映画は、今まで何作品も見て来たナチスドイツ関係の

映画の中で最も胸が痛くなる内容でした。それは

「ホロコーストはなかった」

と大きな声を上げる人々の存在を知ったからでしょうか。

そしてその一人であるアーヴィングというイギリス人歴史学者の

手法が、既視感のあるものだったからかもしれません。

1994年、アトランタのエモリー大学でホロコーストについて

講義を行うデボラのもとに、突然一人の男が入ってきて大きな声

で質問をするのです。その男こそデボラが書いた

「ホロコーストの真実」
という本の中で攻撃を受けたアーヴィングです。彼は彼女の

「ホロコースト否定論者とは討論しない」

という立場を利用し、その映像をビデオに収め、ネット上で

「尻尾を巻いて逃げた」

などとさらなる攻撃をするのです。彼女がターゲットになった

理由は、もちろん本で彼を攻撃をしたこともありますが、

彼女自身がユダヤ人であり、女性だったことも大きく影響しています。
「ホロコーストの存在」は生存者の証言や数多くの文書、研究で

確固たる事実だと信じていたし、これからも疑いようのない事実と

受け止めていきますが、アーヴィングのような論法で

「ガス室はチフス蔓延を防ぐ消毒室だった」

「ヒトラーはユダヤ人を救った」

と変えられることもできると知り愕然としました。

 

否定と肯定

出典:IMDb

 

彼は他の裁判では生存者に対し、極めて侮蔑的な質問を投げかけ、

「恥」を与えることもいとわない人物なのです。この役を演じる

ティモシー・スポールが本当に嫌らしい男で、話し方一つを

とっても軽蔑に値するのです。上手だなあ。深く考えると、論理が

破綻している内容もその声の大きさに惑わされて、それに煽られて

「正しい」と信じてしまう人が出てくるのもとても理解できます。

 

否定と肯定

出典:IMDb


デボラはランプトン弁護士たちをチームにして、イギリスで

起こされた名誉棄損裁判に立ち向かいますが、イギリスの法廷は、

被告側が立証義務があるのです。つまり訴えを起こした側の内容が
正しくないと証明していくのは被告側にあるということ。ここが

ずる賢いアーヴィングの作戦でもあるんですね。デボラは自らが

口を開き、そして生存者の証言で「ホロコーストの存在」を主張

しようと考えるけれど、ランプトンたちは裁判と被害者の気持ちは

別と考え、アーヴィングの著書の嘘を暴いていくことで裁判を

進めることを主張します。

 

否定と肯定

出典:IMDb

 

この時のデボラがあまりにヒステリックだし、アメリカ人と

イギリス人との「違い」というものが随所に見られます。

自己主張の強いアメリカ人と奥ゆかしいというか悪く言うと

世間体を気にし過ぎるイギリス人という感じかな。
ただこのランプトンたちの方法は大きなポイントでもあると

思うのです。反ユダヤ主義の歴史曲解者と同じ土俵で争ったら、

言葉尻をとらえられ、次々に追求をされてしまうことは目に

見えています。デボラはここは歯を食いしばって良心を他人に

委ねるんです。
ところが裁判官が終盤に発する

「信念に基づく発言なら詐欺師とは言えない。つまり故意に

歴史を歪めて論じているのではない」

という言葉もある意味納得します。だからこそこの表現の自由の

悪用と嘘と説明責任の放棄によって論じられる、極めて大きな

声の人達の言葉には決して頷いてはいけないと実感します。

確実に起きていた事実をなかったことにはできないのです。

 

 

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7月22日

3

JUGEMテーマ:洋画

 

7月22日

出典:IMDb

 

「7月22日」

原題:22 July

監督:ポール・グリーングラス

2018年 アメリカ映画 144分

キャスト:アンデルシュ・ダニエルセン・リー

     ヨン・オイガーデン

     ハン・トラン

 

2011年、7月22日、ノルウェーの官庁街で

自動車爆発事件が起こる。そして続けてウトヤ島での

労働党青年部主催キャンプで、一人の男による銃の

無差別発砲事件が起こるのだった。


<お勧め星>☆☆☆☆ いま世界が抱える問題を全て

あぶりだしているようなメッセージ性の高い映画です。


一人の暴力行為など目的の足しにならない


監督は「ボーン・スプレマシー」(2004)

「ユナイテッド93」(2006)

「グリーン・ゾーン」(2010)

「キャプテン・フィリップス」(2013)などの

ポール・グリーングラス。ジェイソン・ボーンシリーズ
は、どれもストーリーが緻密で、スパイ映画の醍醐味を

味わえるとともに、キレのいいアクションが楽しめました。

「ユナイテッド93」は9.11事件で唯一目標に

到達せず墜落した航空機の内部を、まるでノン・フィクション

のように緊張感ある映像で見せています。さらに

「グリーン・ゾーン」はイラク戦争のおける安全地帯を指し、

『大量破壊兵器があるのか。そしてその情報は正しいのか』

という問題提起よりも(そもそも、存在しなかったと結論

付けられている)銃撃戦、カーチェイス、アクションに重き

を置いた映画だった気がします。

そして「キャプテン・フィリップス」はソマリアの海賊に

襲われたコンテナ船を描いており、フィリップス船長役の

トム・ハンクスの骨太な演技とオーディションで選ばれた

ソマリア人海賊役の人達のリアルな姿に、まさに手に汗を

握って見た覚えがあります。

「アメリカに行くのが夢」...夢は叶ったけれど。
さて、今映画は2011年に発生したノルウェー連続テロ事件と

その後の状況が映し出されています。オスロから遠く離れた

農場で何やら製造している男。市長選挙に向けて準備を行う

女性たち。通常通りの任務を遂行している首相の姿。労働党

青年部主催のキャンプが開催されるウトヤ島へ到着した若者たち。

それらが次々に映り、あれは爆薬で、そして多くの銃器は

あそこで使われて、とその時間が刻々と迫るのを体感します。

官庁街での自動車の大爆発は、導火線に点火してからの時間が

少しあり、監視カメラ映像や警備員の目に見える白いバンが

「いつ爆発するのか」と、今まさにそれを見ているかのような

錯覚に陥ります。
それはウトヤ島での若者の様子も同じで、この後に待っている

阿鼻叫喚の地獄と化すこのキャンプ場を微塵も感じさせません。

だからこそ突然日常を引き裂いた人物への「大きな怒り」を

覚えるのです。

 

7月22日
出典:IMDb

 

ウトヤ島で、無表情に若者に銃を向けるブレイビクと逃げ惑う

若者たちの絶望的な状況。しかし映画のメインテーマはこの

惨劇後の生存者やその家族、犯人に指名され弁護人になった

人物が法に基づいて弁護を進める苦悩、自分が指導者だと自負

する犯人の姿なのです。
銃ではなく法で裁く、と言い切る首相や、法に基づいて弁護を

する、と語る弁護士には、被害者家族の悲痛な叫びを見ていると、

かなり不当な思いを抱きます。しかし自分が正しいと思い込んで

いる者へ何をどうすれば全員が納得のいく結果が得られるのかと

考えると、そこで行き詰まります。死刑制度のないノルウェーでは

「木に吊るしてしまえ」と叫ぶ被害者家族の言葉が実現するはずも

ありません。またそれが被害になった関係者の総意であるはず

もないのです。

 

7月22日

出典:IMDb


映画内の裁判風景はリアリティに富んでおり、大変見ごたえの

あるものになっていますし、必ず怒りを覚えることでしょう。

さらに重傷を負ったビリヤルの手術から覚醒、そして

リハビリ風景も大変過酷なものなのです。

なぜ生き残ったのか。なぜこのような苦痛を受けるのか。

なぜ自分たちを襲ったのか。なぜは尽きません。
当時の首相が、この事件後
事件を事前に防げなかったか
爆破事件後の対応は適切だったか
ウトヤ島への警察出動に遅れはなかったか
など、きっちり検証したことは「被害者に寄り添う」という

真の姿はこれなのだと実感しました。

 

7月22日
出典:IMDb

 

7月22日

出典:IMDb

 

ラストにビリヤルの前に広がる広大な雪原は、彼のこれからの

可能性を表し、逆に狭い独房に立つ犯人は「孤独」しか

与えられない人生を送るのだということを意味していると

思っています。

 

 

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12年の長い夜

4

JUGEMテーマ:洋画

 

12年の長い夜

出典:IMDb

 

「12年の長い夜」

原題:La Noche de 12 Anos/A Twelve-Year Night

監督:アルバロ・ブレッヒナー

2018年 ウルグアイ=スペイン=アルゼンチン

=フランス=ドイツ映画 123分

キャスト:アントニオ・デ・ラ・トレ

     チノ・ダリン

     アルフォンゾ・トール

     セサル・トロンコーソ

 

軍事独裁政権下の1973年、ウルグアイ。政権に

敗北した極左ゲリラ組織トゥパマロスのメンバーは

政治犯として刑務所に収監される。そこでの数々の

劣悪な環境を耐えた一人が、後の大統領になる

ホセ・ムヒカだった。


<お勧め星>☆☆☆☆ 地味な映画なのですが、

ウルグアイという国について少しだけ知ることができます。


あなたを忘れてない

 

 

<ネタバレしています>


20世紀初頭、南米唯一の福祉国家であり、チリと並んで

民主主義国家であったウルグアイも、経済の低迷から政情が

不安定になります。そして映画に登場する極左ゲリラ組織

トゥパマロスが台頭するわけです。
この治安抗争から始まった内戦状態を、軍部に頼って終結

させたことで、1973年に軍事独裁政権が誕生し、

ゲリラ組織のメンバーは政治犯として収監されていくのです。

映画の中盤にこの制圧方法が描かれていて、明らかに無防備な

女性を銃撃し、そしてその家に入り込み、メンバーを射殺して

いく軍人の姿が映り、政府の幹部はその制圧した後を確認します。

「ゲリラが発砲したため制圧した」

と印象付けようとする軍部と政府幹部に「投降する」と訴える

ゲリラの姿を見ると、本当は全部射殺したかった軍部の思惑が

手に取るようにわかるのです。これが立場の違いなんだろうな。

 

12年の長い夜
出典:IMDb

 

ストーリーはこのうちのニャト、ルソ、ペペというメンバーの

監禁生活を延々と映し、時折、捕まる前の幸せな映像も流されます。

それはごくわずかで、ほぼ独房での過酷な状況を映し続けるのですが、
不思議と全く飽きません。

それは各々の状況をリアルに再現しているからでしょうか。
目隠しをされ、独房に入れられ、ずっと壁をむいて立たせる。

囚人同士の会話、呼びかけ、看守への声かけ禁止。

さらには唯一光が差し込む窓にトタン板が打ち付けられるのです。

食事はおろか、水分もろくに与えられず、トイレすらない暗闇に

一人で閉じ込められる事の恐怖は想像できないほどのものです。
あばら骨が浮き上がるほどやせ細り、髪の毛やひげは伸び放題、

葉は黒ずみ、爪の間や皮膚が垢だらけの姿では、家族とは面会

させられないと、急に髪を切り、ホースで冷水を浴びせ、一応

身なりを整えたところで、家族は息子の姿を見れば、彼が今どう

いう状況にいるのか一目でわかるはずです。

過酷な獄中生活の中にも笑えるシーンもいくつかあり、トイレに

座れないから手錠を外すか否かで、どんどん上官に尋ねにいき、

最終的に最も上の地位の軍人がトイレまで来るのは大笑いです。

いかにも縦割り社会の縮図という感じがしました。

 

12年の長い夜
出典:IMDb

 

ルソとニャトは同時期に房が隣同士だったこともあり、壁を叩いて

それを文字に変化する会話法を会得しますが、たった一人

閉じ込められているペペは、その孤独から精神状態が悪化して

いきます。

 

12年の長い夜
出典:IMDb

 

この時、フラッシュバックして映るのが彼らの受けた数々の

拷問シーンで、いつの時代にも政治犯には「拷問」がつきもので、

それに「意味」を求めているわけではなく、痛めつけるという

「目的」を持っているのすぎないと実感します。「拷問」で

思想を変更させるとか、真実を語らせるとか、そんなことは

できないことなどとっくにわかっているのに、なぜに存在

し続けるのでしょう。
ペペの母親の言葉「乗り越えて先に進むしかない」

しかし長い期間監禁されているうちに、ルソは、持ち前の文才で、

軍曹のラブレターを代筆ことになります。それが成功するたびに、

鉛筆がもらえ、紙がもらえ、パンをもらえ、たばこをもらえ、

遂には外の景色を見ることもできます。その景色がとても美しく

感じるのは、彼らが収容されている場所があまりに劣悪すぎる

だけでなく、本当に緑があふれて青空が広がって明るい日差しに

あふれているいるからだと思う。

映画内でジーンと来たのは、ニャトが娘のガブリエタと面会する

シーンです。手錠でつながれた両手を隠す父に

「どうして手がないの?」

と尋ねると、父は

「手はいろいろな形に変わるんだよ」

と手錠がわからないように蝶々が羽ばたく姿を演じます。

ここは泣ける。ガブリエタはニコリと笑うんですよ。オヨヨ。
最終的には1985年、3人を含めた政治犯は解放され、家族の

もとに戻ります。その後の活躍は字幕で流され、ペペこと

ホセ・ムヒカが2009年にウルグアイ大統領に就任したこと、

ルソは詩人、作家になったこと、ニャトも国会議員になった

ことを知ります。ホセ・ムヒカの質素な生活ぶりは彼の強い

意志に基づくものだったろうし、「園芸」を愛したというのは

出所の際に、トイレ用に支給されたボウルに花を育てていた

ことからも伺えました。彼についてこの映画で初めて知った

けれど、調べれば調べるほど尊敬に値する人物だという思いが

募るばかりです。

 

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