検事 フリッツ・バウアー ナチスを追い詰めた男

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JUGEMテーマ:サスペンス映画全般

 

検事フリッツ

出典:IMDb

 

「検事 フリッツ・バウアー ナチスを追い詰めた男」

原題:Die Akte General

監督:ステファン・ワグナー

2016年 ドイツ映画 93分 PG12

キャスト:ウルリッヒ・ノエテン

     デビッド・クロス

     ディーター・シャード

     ウーベ・ボーム

 

ナチスの戦犯アイヒマンを追い続ける検事総長バウアーは、

周囲の妨害にも耐え、独自の方法で捜査を進めていた。

そんな彼は若い検事ヘルを部下と共に情報収集に奔走

するが...。


<お勧め星>☆☆☆ かなり地味な映画ですが、

アウシュヴィッツ裁判開廷に向けていかに苦労したかが

伝わります。


「父親世代とは違う道を」


「ナチスの犯罪に関する細部を知らなければ、ヒトラー

体制の凶暴さは理解できない」この姿勢で負の歴史と

対決し続けているからこそドイツは、旧被害者国との

間に一定の信頼を回復できたと数多くの映画で描かれて

きました。しかしその過去にしっかり向き合うまでに、

ドイツ国内において幾多の苦労が重ねられてきたのです。

映画内の主人公、検事総長フリッツ・バウアーは、

ユダヤ人でかつて収容所生活を送った過去持つ人物。

この名前は「顔のないヒトラーたち」(2014)でも

登場しました。あの映画ではアウシュビッツ裁判を起こす

ために、一人の若い検事が上司の制止を振り切って調査を

開始し、そこから次々に明るみに出る悲惨な過去に言葉を

失ったものです。何度見ても酷すぎる。
敗戦国となり、その後十数年を経てようやく復興の兆しを

見せてきた西ドイツにとって、ナチスドイツ時代の

戦争犯罪を暴くことは、その復興に水を差す物であり、

東西冷戦の真っただ中だったこともあって、ソ連を中心

とした共産圏に取り込まれる発端にもなり得たのです。

東西ドイツに分かれていた時期に東ドイツにこの捜査の

主導権を握られるわけにはいかないという思惑も存在

しました。
そもそも戦争が終わりました、はい、ナチス党員だった

国民のすべてがその思想から解放されました。などと

言うわけがない。表面上は新生ドイツのように見えて

いても、ドイツ人の心の中からナチズムが全て消えた

はずもないのです。現に公職に就けないはずのナチスの

幹部が、首相の側近だったり、警察幹部だったり、あげくは

司法の場にもぞろぞろいるわけで、彼らにとってナチスの

戦犯捜しは西ドイツの信用を傷つけるものに他ならなかった

のも理解できます。映画の序盤に裁判風景が映りますが、

決して公平な裁判とは言えないのです。またユダヤ人で

あるバウアーには毎日脅迫状が数十通届くし、脅迫電話も

かかるし、家の塀には差別的な落書きをされてしまう。

これらが全て今のドイツで許されないことになっているのが

ある意味画期的だと思うのです。

 

検事フリッツバウアー
出典:IMDb

 

またバウアーの部下として起用した血気盛んな若い検事ヘルは、

戦後育ちであり、ナチスドイツの行ったことを全て知っている

わけではないことも歯がゆく感じます。「顔のないヒトラーたち」

で、若い検事が真実を知るたびに驚愕の表情を浮かべ、証人の言葉に

タイピストが涙にくれるシーンもありました。大変残虐な行為

だったけれど、それはどこでもいつでも起こり得ると思えて

しまうのが本当に恐ろしい。今でも世界のどこかで起きている

かもしれないのです。
バウアーがアイヒマンをモサドに確保させ、イスラエルは

まるでショーのように裁判を行うわけですが、何度聞いても

怖いのは、彼が

「600万ではなく1080万殺せば胸を張れた。ユダヤ人を亡ぼせた」
と言い切ることです。しかしそれはアイヒマンが一人で考えついた

ことではなく、ハンナ・アーレントが考察した通りかもしれません。

つまりユダヤ人としては、アイヒマンらを真っ向から非難し、

断罪することが当時の常識でしたが、彼女はそれをしなかった。

善悪を考える力もない連中の犯罪だった、と主張したわけです。

それは、単純な正義を振りかざす者に『お前は程度が低いよ』と

言ったようなもの。

 

検事フリッツバウアー
出典:IMDb

 

このあたりは映画では全く描かれておらず、バウアーが

東ドイツやイスラエルの人々と接触するうちに、彼自身が

西ドイツ内でスパイの疑惑を掛けられ、監視対象になって

いたことや、彼自身の性癖が当時のドイツでは刑法の抵触

するものであったことなど映されていきます。ヘル検事が

いかにも典型的なドイツ人の妻を持ち、かなり裕福に

暮らしているのも対照的に映るのです。
アイヒマンが証言すると立場が危うくなる公人が多くいた

けれど、それを暴かないで、つまり過去の悲劇と真摯に

向き合うことなくして、学び前進することはあり得ないと

いうことは確信できます。
そしてそれを行えたことこそが、ドイツが法治国家である

ことの証でもあると思うのです。
人間の基本的権利を守ること=司法の責務だとこれからも

ずっと信じられる国でいたいものです。

 

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