「終わりなき叫び」
原題:un homme qui crie
監督:マハマト=サレ・ハルーン
2010年 フランス=ベルギー=チャド映画 92分
キャスト:ユースフ・ジャオロ
ディオク・コマ
エミール・アボソロ・ムボ
高級ホテルのプールの監視員をしているアダンは、かつて水泳の
アフリカチャンピオンだった。しかし、オーナーから、今の仕事を
息子アブデルに譲るように指示されてしまう。一方内戦中のチャド
では、彼に地区長が寄付金を出すか息子を入隊させるか迫るの
だった。
オープニング。今時の青年という感じのアブデルと共にプールの
監視員をしている父アダンの楽しそうな姿が映ります。アブデルの
軽い感じ、甘えた感じとかつて水泳のアフリカチャンピオンだったアダン
の実直な印象が真反対の雰囲気です。それでも親子は潜水時間を
競い合うなど仲睦まじく働いているのです。
国内では、国軍と反乱軍の戦いが激しさを増していくチャドで、2人は
どこにでもいる普通の親子として毎日仕事をし、息子が朝帰りすること
に父は口には出さないけれど、不満だったりします。
ところがホテルのオーナーが変わり、アダンはリストラされ、門番の職
につき、アブデルが一人監視員をすることになるのです。楽しそうに
プールで働くアブデルをこっそりのぞくアダンが映ります。そこには
彼がかつて水泳選手だったこと、そして息子の泳ぎは自分が教えたこと
というプライドが、老いによって崩れ去っていく音が聞こえるようです。
そんなアダンの心の動きを、時折空を飛びかう戦闘機の音やラジオから
流れる戦況のニュースを流しながら、丁寧に描いていきます。
そしてアダンは地区長から、戦争寄付をするように迫られるのですが、彼には
そんなお金はない。すると地区長は、自分の息子は入隊させたと話すのです。
つまり寄付金が払えなければ、息子を入隊させろ、というわけです。アダンは
アブデルが入隊すれば、自分が監視員の職に復帰できるし、今の戦況なら
別に危険なようでもないと考え、独断で息子の入隊を決めます。ある朝突然
召集されていくアブデル。彼が「パパ」と叫び続ける声が響き渡るのです。
チャドという国には全く予備知識がなく、ウィキで調べましたが、イスラム教徒の
数は少数のようです。それでいて女性の地位が全く低い状態である印象を受け
ます。映画の中でも働いているのはほとんど男性だし、物事の決定権も男性
にあるようです。
さて無理やり戦争に行かされたアブデルを訪ねて、ジェネバという恋人がやって
来ます。それも身重なのです。
彼女は歌手であり、彼女の歌う歌がとても物悲しく感じられるのは、なぜで
しょうか。
夜間外出出禁止令を無視し、国軍に止められるアダン。彼がアブデルに
対して行った行為への大きな後悔の念は、ただ一人でアブデルが駐屯する
アベシェへと彼を向かわせます。かつてアブデルと一緒に乗って走った
サイドカー付きのバイクで道なき砂漠の中を延々とアダンは走り続けます。
この姿はなんのBGMもなく、たちのぼる砂煙だけが、過酷さを伝えていきます。
そしてアダンのアブデルへの強い愛情も感じ取れるのです。
さらに全てを知っていたアブデルが差し出した手をそっと握る父アダン。激しい
戦闘シーンやたくさんのセリフはないけれど、彼らの苦しみと悲しみが強く伝わる
映画でした。
<マープルの採点>
お勧め星 ☆☆☆☆
なんて穏やかな日なのでしょう。