ブルーム・オブ・イエスタディ

4

JUGEMテーマ:洋画

 

ブルームオブイエスタデイ

 

「ブルーム・オブ・イエスタディ」

原題:Die Blumen von Gestern

監督:クリス・クラウス

2016年 ドイツ=オーストリア映画 123分 

R15+

キャスト:ラース・アイディンガー

     アデル・エネル

     ヤン・ヨーゼフ・リーファース

     ハンナー・ヘルツシュプルンク

 

ナチスの戦犯を祖父に持つトトは、ホロコースト

研究に力を注いでいる。その彼が務める研究所に

アウシュビッツで祖母を殺されたザジという研修生が

やって来るのだった。


<お勧め星>☆☆☆半 過去は消し去ることはできない

けれど、未来には希望を持ち続けたいという思いが

伝わる映画です。


カルミアという名前


しょっぱなから2人の男がいがみ合い、遂には殴り合い

の大けんかになるシーンが映ります。口から唾を飛ばす

ような、いや飛んでいるに決まっているほどの罵り合い

の喧嘩ってなかなか日本では見ないよな。そのシーンに

驚いていると一人の老教授がぽっくり亡くなります。

喧嘩をしていたのはバルタザールとトトで、トトが全て

段取りを手配したのに、いざ会議を行うとなったら、
バルタザールが指揮をとることになっていることが原因

らしい。後に、なぜトトでないのか、多分これが理由だと

わかるシーンが出てきます。とにかくこの映画では言葉の

応酬が激しく、研修生としてフランスから来たザジとトトも

車がベンツであったことから、乗る乗らないで喧嘩になって

しまう。なぜベンツに乗らないのかは、ここですぐに

わかってしまうけれど、それが重苦しくなく、
「ガス・トラックの車種はベンツではなくオペル」

などとぶつくさトトが妻に愚痴る辺りで笑いに変わります。

笑っちゃいけないことなのに、何でも知っているつもりで

いるザジへの反論の場がなくてトトが妻に話すあたりは

彼の心の優しさも物語るかのようです。

 

ブルームオブイエスタデイ
 

しかし走行中の車から犬を放り投げるのはいただけません。

あのシーンは必要だったんだろうか。
実はトトの祖父はナチスの将校であり、ザジはユダヤ人の

祖母をアウシュビッツ収容所で殺されたことが、序盤に

わかるんですが、これは偶然ではなく事前にザジが調べ上げて

いたことを知ると、その事実に言葉を失います。ただ

ナチスドイツを描いた幾つもの映画のように、その悲劇的な

状況のみを見せるのではなく、世代を超えても残る憎しみの

連鎖の中に、それを断ち切ろうとする気持ちが芽生える
瞬間、まあそこはベッドの上なんだけど、新しい歴史が

開かれた気が少しだけするのです。ザジ役のアデル・エネルを

どこかで見たなと思っていたら「午後8時の訪問者」の

ヒロインの女性医師役を演じていました。

 

ブルームオブイエスタデイ
 

このザジはかなり奔放で、既婚者であるバルタザールと

恋人関係であるとトトに話すし、逆にトトは性的に不能で、

黒人の養女を育てており、妻は公認の男遊びをしている。

なんともややこしい。

 

ブルームオブイエスタデイ
 

これらの設定と彼らの過去を遡る旅とアウシュビッツ会議開催

に向けての準備が同時に描かれていき、次第に心を惹かれ合う

トトとザジの姿には、何となく胸キュンとなるのです。トトの

脳天の薄毛もここは可愛い...のかな。さらに2人はどちらも

心を病んでおり、特にザジはトトと一緒にいた時、リストカット

をしてしまいます。「5回やったの」さらりと言う彼女の心の闇

はなんでしょうか。
またザジがトトを誘惑すると、トトが「ぼくはエイズなんだ」と

言い、間をあけずに「あたしもエイズよ」とザジが返します。

え?と思うけれどもちろん嘘で、この絶妙な会話の繰り返しで、

ストーリーが重苦しい内容なはずなのに、明るく感じられて

しまうのかもしれません。
「あなたの歴史が好き。わたしの歴史だから。」この言葉は

本当に心に深く深く染み込みます。

「あの時代さえなければ」と思った人々がどれほど多くいたこと

でしょう。そして今逆にその暗黒の時代へ時計の針が戻ろとして

いることを絶対に止めないといけないと思うのです。
ラストのクリスマスの買い物シーンは良かったな。ザジの連れて

いる子供が実は女児で「カルミア」という名前だってすぐに

わかったけどね。

 

 

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村  人気ブログランキングへ

 

 


僕とカミンスキーの旅

4

JUGEMテーマ:洋画

 

僕とカミンスキーの旅

 

「僕とカミンスキーの旅」

原題:Ich und Kaminski

監督:ボルフガング・ベッカー

2015年 ベルギー=ドイツ映画 123分 

R15+

キャスト:ダニエル・ブリュール

     イェスパー・クリステンセン

     アミラ・カザール

     ドニ・ラバン

 

マティス最後の弟子で盲目の画家カミンスキーの

伝記を執筆するため、自称美術評論家ゼバスティアンは、

彼の住んでいるスイスの山奥に向かう。しかし

カミンスキーを含め、周囲の人物たちに翻弄されつつ、
なんとか彼の元恋人を訪ねる旅に出発するのだった。


<お勧め星>☆☆☆半 奇想天外なストーリーには

やはり驚かされますが、ラストには心が温かくなります。


何も捨てるものがないなら、それを捨てろ


「グッバイ、レーニン!」(2002)の

ボルフガング・ベッカー監督が同じくダニエル・ブリュール

を主演に製作した映画です。わたしは

「グッバイ、レーニン!」が大好きで、星5つの評価を

つけた記憶があります。
「オスタルギー」東西ドイツ統一後に旧東側出身者の

「昔だってそんなに悪くなかった」という感情を表す言葉を

初めて知ったのがこの映画です。東西ドイツ統一期に

昏睡状態になった母親が、ある時奇跡的に覚醒し、しかし

心臓発作で倒れたことを考慮して、息子が母親のために、

ドイツは分断されたままだと偽ニュース映像を作り続ける

というものでした。この苦労がしばしば水の泡になりかける

のをあの手この手でごまかすのですが、その手法は大笑い

の連続で、だからこそ息子の母親への深い愛情を感じるし、

最後のニュース映像は「多くの人の理想」を語っており、

それを見ると、現実との格差に思わずハッとしてしまうのです。

昔はよかったという思いは、過去の記憶が美しく書き換え

られていることに気づかないことが多いので、要注意。
その期待感を持ちながらこの映画を鑑賞。冒頭から流される

ニュース映像がフェイクであることにいつ気づいたかしら。

 

僕とカミンスキーの旅

 

前半は、自称美術評論家のゼバスティアンが、盲目の

画家カミンスキーの伝記を執筆するため、

「突撃!隣の晩ごはん」もしくは「鶴瓶の家族に乾杯!」の

ようにほぼアポなしで現地に向かい、ぶっつけ本番のような

取材をするのです。そこにはほんわかムードはないですよ。
むしろ胡散臭い、煩わしい、よそ者お断り感でいっぱいです。

徒歩で30分という裏の山を登って汗みどろになっていると、

実はタクシーで家の前まで行ける。嘘ではないんですよ、

宿主のただの意地悪です。

 

僕とカミンスキーの旅

 

カミンスキーの娘ミリアムに冷たくあしらわれても、

図々しくディナーの席に座っていたりするゼバスティアンは、

どんな扱いを受けようとも、とにかく金儲けがしたいという

欲にまみれているのが丸わかりです。この伝記を執筆中に
カミンスキーがぽっくり亡くなれば、本は売れるし、この娘

と結婚し、屋敷も手に入れて...。この妄想が映像として

現れてしまうのです。時々聞こえる心の声も、普通の会話

の声と全く変わらない大きさなんですよ。ああ、こんな風に

言ってしまいたいことってたくさんありますね。この間に

恋人に愛想を尽かされて別れを告げられるし、もうやる

しかないのです。
しかし後半になると、カミンスキーの気をひくために提案した

元恋人テレーゼ話に、彼が飛びつき、なぜかゼバスティアンと

カミンスキーが車で旅を開始することになります。この珍道中には
山あり、谷あり、同乗者あり、追跡者ありと波乱万丈で、

何ならこれを執筆したら面白い小説になるのにと思ってしまう。

そしてようやくたどり着いたテレーゼの家のドアを開けると、

なんとジェラルディン・チャップリン演じるテレーゼが、

それはそれは可愛い姿でちょこんと座っています。

 

僕とカミンスキーの旅

 

ここからはもう笑うしかありません。
映画のラストは、海辺に座ったカミンスキーが次第に絵に

変わり、それは赤い達磨大師のように見えてくるという、

極めて印象深いものになっています。「無功徳」というものを

身をもってゼバスティアンに伝えたのかもしれません。

 

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村  人気ブログランキングへ


プラネタリウム

3

JUGEMテーマ:洋画

 

プラネタリウム

 

「プラネタリウム」

原題:Planetarium

監督:レベッカ・ズロトブスキ

2016年 フランス=ベルギー映画 108分 

PG12

キャスト:ナタリー・ポートマン

     リリー=ローズ・デップ

     エマニュエル・サランジェ

     ルイ・ガレル

     アミラ・カサール

 

1930年代のフランス。アメリカ人のローラと

ケイト姉妹は降霊術ショーを行っている。その

ショーに関心を持った映画プロデューサー、コルベンは

彼女たちに私的な降霊会を依頼し、さらには自宅に

住まわせ、映画を製作しようと考えるのだった。


<お勧め星>☆☆☆半 美しい景色、衣装、音楽を

堪能しつつ、隠された悲劇を感じ取ることができる

映画です。


何も期待せず、希望だけ


ヒロインのバーロウ姉妹のうちローラ役は

ナタリー・ポートマン、ケイト役は、ジョニー・デップの

娘、リリー=ローズ・デップが演じています。

 

プラネタリウム
 

プラネタリウム

 

とにかくこの映画の雰囲気が素敵なのです。冒頭の降霊術

ショーを行うときのローラーのキリっとしたたたずまいには

気品さえ感じ、一方妹ケイトは、内気で純真でかなり幼く

感じられるのです。この対照的な姿が映画内でずっと

見られます。
1930年代のフランスですから、まだ戦争が始まっておらず、

上流階級の人々が優雅に遊び、シャンパンのグラスを傾け、

タバコを吸う。彼ら、彼女たちの衣装やヘアスタイル、

調度品にいたるまでその美しさに目を奪われます。
肝心のストーリーはどうか。実は何を言いたかったのか明確には

理解できていません。そもそも「プラネタリウム」という題名

すらもどういう経緯でつけられたのか、見る側が考えるしか

ないのです。
霊的な能力はないけれど、天性の美貌の持ち主であるローラは、

女優として役をこなし始め、霊的な能力を持つものの存在感の

薄いケイトは、コルベンに重用され、彼女の降霊シーンを映画に

残そうと、あちこちを飛び回る。この才能の違いが、深く

つながっていた姉妹の絆に少しだけ傷をつけてしまったような

気もするのです。そしてそこに戦争が大きく影を落とし始めます。
ただ戦争を主体に描く映画ではないので、あくまでも登場人物の

セリフやわずかなシーンで、時代が変遷したことを知るのみです。

そこがまたいい。
幾つも美しいシーンはありましたが、強いてあげるなら、序盤に

雪が降り始め、パーティーに来ていた客が雪の中はしゃぎまわり、

雪合戦を始めるシーンと、ローラが映画撮影に訪れた南仏の

真っ青な空と明るい陽射しです。

 

プラネタリウム
 

そしてコルベンの願いは理解されることがないまま、彼は

ポーランド系ユダヤ人だったことで拘束され、裁判を受け、

移送されていきます。彼が「あれは中傷ではなく憎悪だ」と

ローラに訴えた時、あの優雅な時代はとっくに終結し、時代は

戦時中になったのだと実感するのです。
降霊術によって他人に見せたものは、その人が見たかった世界で

あり、必ずしも「真実」ではないかもしれない。つまり「本物」

を見ているわけではないのではないか。したがってプラネタリウムの
星と同じなのではないかと思っています。
ちなみにバーロウ姉妹のモデルは19世紀アメリカで

スピリチュアルブームを起こしたフォックス姉妹であり、

コルベンはベルナール・ナタンという伝説の映画プロデューサー

だそうです。

 

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村  人気ブログランキングへ


ありがとう、トニ・エルドマン

4

JUGEMテーマ:洋画

 

ありがとう、トニ・エルドマン

 

「ありがとう、トニ・エルドマン」

原題:Toni Erdmann

監督:マーレン・アーデ

2016年 ドイツ=オーストリア映画 162分 

PG12

キャスト:ペーター・シモニスチェク

     サンドラ・フラー

     ミヒャエル・ビッテンホルン

     トーマス・ロイブル

 

悪ふざけが大好きなヴィンフリートは仕事に追われる

娘イネスを心配している。そして彼の愛犬が亡くなった

のをきっかけに、突然娘が暮らすブカレストへやって

来るのだった。


<お勧め星>☆☆☆半 とにかく長い。独特のテンポが

あって飽きることなく見られるけれど、長い。


その瞬間を生きる


映画の出だしのヴィンフリートの悪ふざけが全く笑えない

ので、少々不安になります。これは「Mr.ビーン」のように

どっちらけ映画になるのではないか。いやあれがイギリス風

ユーモアなんだからあれで笑わないとオシャレじゃないのよ、

という心の声はとても小さく「Mr.ビーン」より「Mr.Boo!」

の方が絶対面白いのだという絶叫にかき消されています。

(注:個人の好みです)
ヴィンフリートは老犬ヴィリーと暮らしていて、どうやら妻

とは離婚し、近くに住む老母の様子を見に行くのが日課らしい。

娘イネスが久しぶりに実家に戻ったということで妻の元を

訪れると、イネスは電話でずーっと話をしており、父娘の

団欒など夢のまた夢。ヴィンフリートは寂しいというより、

イネスをとても心配になるわけです。そして愛犬が亡くなった

後、ヴィンフリートは突然イネスの働く会社を訪れます。

母国ドイツを離れてルーマニア、ブカレストで働くイネスは、

ばりばりの仕事人間。そこにひょっこり現れたヴィンフリートは、

変なかつらと入れ歯で変装?をし、適当な職業を名乗るのです。

 

ありがとう、トニ・エルドマン
 

この変装に何か意味があるのかと深く考えようと思いましたが、

もしかしたら何も意味はなくて、ただ娘を笑わせたかっただけ

なのかも?などと思い画面を見続けます。
イネスは大きなプロジェクトを抱えており、変なおやじに

かまっていられないのに、行く先々に現れる父(トニ・エルドマン

と名乗る)にリズムを狂わされてばかり。とはいえ、イネスが

ほとんど笑わないのもとても気になります。いつも眉間にしわを

寄せ、顧客や上司、チームとの会議や電話に私生活の大半を

奪われている。恋人らしき同僚ティムとの逢瀬も普通じゃない

よねえ。クラブに行っても楽しめず、一人でタクシーで帰る始末。

これはちょっとまずい状況じゃないのかと思っていると、やっぱり

父がいたずらをするんです。ここはもうイライラマックスですね。
ところが序盤から感じるのですが、イネスがホテルに滞在するとき、

とても横柄な態度をとり、父が「あれはやり過ぎだ」と言うと

「うちの会社はお得意様だから」と答えます。その階級意識と

いうのでしょうか、顧客への対応と自分たちが客であることでの

態度の格差が大きすぎるのではないか。またイネスの会社が

関与する石油採掘現場での作業員への冷淡な対応や生活の格差に

彼女は何も感じず、ひたすら合理化のことばかり考えているわけ

です。ルーマニアのブカレスト市内の洗練された都会と全く異なる

田舎の姿は、そのまま貧富の差を物語るけれど、それすらも全く

意に介しません。
これでは「お前は人間か?」と父に問われても仕方がない。しかし

それらを全て見過ごさずにすくい上げていたら、彼女の会社の

仕事が成り立たなくなるのです。この辺りの矛盾はイネスや

ヴィンフリートが何かをしたところで絶対に変わるはずのないこと

でしょうね。余談ですが、この採掘作業のような労働を移民が安価で

請け負い始めたヨーロッパでは、元々の住民の仕事が奪われたわけで、

それにより移民排斥の機運が高まっていく構図もわかる気がします。

自分たちの生活を脅かす存在がこれ以上増えることを望む人間は

そうそういないと思う。どうしたら寛容な世界が生まれるのだろう。
イネスは自分の誕生日パーティーに何を着るかドレスが決まらず、

遂に素っ裸になるのです。素っ裸にはならないだろうけれど、時間が

迫った時に服が決まらない時の焦りは手に取るようにわかります。
こんな時に限って服がパツンパツンで脱げないんだよな。

汗が出るよな。でもこの姿を見ると、彼女が本当に切羽詰まった

状態で、コップの水が今にも溢れそうなくらいにたまっていた時の

ような心でいたことが理解できるのです。ちょっと揺らしたら

溢れちゃうんですよ。ちなみにこの時のイネスより部下のアンカの

ヌードの方がずっと魅力的です。

 

ありがとう、トニ・エルドマン

 

アンカはただ自分の存在を認めてほしくて裸になり、上司

ゲラルトは、イネスに機嫌よく仕事をしてほしくて裸に

なったんだろうか。どちらにしてもその後突然ブルガリアの

魔除け「クケリ」姿で現れる父の姿の方が、インパクト大です。

 

ありがとう、トニ・エルドマン
 

そして公園で抱き合って泣く父娘。この絵が短いガウン1枚の

女性と「クケリ」なので泣くに泣けないという感じになります。

娘の幸せのために、ひたすら自分の時間を削る父の姿を見ると、

親子のつながりの強さを実感するとともに、実は似た者同士

なんじゃないかと思ってしまいます。同じように入れ歯をはめて

帽子をかぶって笑うと...似てない。

 

ありがとう、トニ・エルドマン
 

「生きる意味」=その瞬間は気づかないけれど、後になって

もっと大事にすればよかったと思う瞬間を逃さないように、

そして自分のために使うことが大事なんだと思います。

それはとても難しいことだけれど。

 

 

 

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村  人気ブログランキングへ

 

 


ハッピーエンド

4

JUGEMテーマ:洋画

 

ハッピーエンド

 

「ハッピーエンド」

原題:Happy End

監督:ミヒャエル・ハネケ

2017年 フランス=ドイツ=オーストリア映画 

107分

キャスト:イザベル・ユベール

     ジャン=ルイ・トランティニヤン

     マチュー・カンビッツ

     ファンティーヌ・アルドゥアン

     フランツ・ロゴフスキ

 

母親が薬物過剰摂取で入院したエヴは離婚した

父親トマの家に住むことになる。彼の実家は裕福で

あり、はた目には幸せそうに見えるのだったが、実は

家族それぞれが心に秘密を抱えていた。


<お勧め星>☆☆☆半 ラストがいかにもハネケ監督

らしいという感じでしたが、深く深く考えさせられ

ました。


無関心が悲劇を招く


ミヒャエル・ハネケ監督映画でこれまで見たものは
「ベニーズ・ビデオ」(1992)

バーチャルの世界にのめりこんだ少年の歪んだ心 ×
「ファニー・ゲーム」(1997)

見終わって嫌悪感と不快感しか残らない ×
「隠された秘密」(2005)

血も凍るような復讐の真相は? 〇
「白いリボン」(2009)

純粋無垢の象徴である白いリボンが与える抑圧 〇
「愛、アムール」(2012)

唯一見終わってしみじみと感動します 〇
と個人の好みで〇×をつけてみましたが、人間が不快に

感じることが、まだ生への希望を抱いている証と監督

自身が言うだけあって「不快」「嫌悪」を見る側に

これでもかと見せていくのがまことにうまい。だから
2度と見たくない映画も出てくるわけです。

この映画は冒頭からスマホで自分の母親を動画撮影

しながら、誰かとチャットしている少女がおり、その後

飼っているハムスターのショッキングなシーン、そして

母親の救急搬送、入院まで進んでいくのです。

 

ハッピーエンド
 

この不穏な空気感は主人公の少女エヴが、離婚した父親で、

富豪の息子であり医者をしているトマの家に向かってからも

くすぶり続けるのです。最初誰かわからなかったけれど、

トマは妻アナイス、息子ポールがいるにもかかわらず
チェリストと不倫をし、卑猥なチャットをしています。この

内容ももう字幕を追うのが嫌になるほどのもの。ああ、この

トマは根っからの女好きかつ変態なのだろうと思ってしまう。

 

ハッピーエンド
 

一方トマの姉で建設会社の社長アンヌ役はイザベル・ユベール。

出演した映画では「愛、アムール」よりも「アスファルト」

(2015)の方が未来への希望が強く感じられてわたしの

大好きな映画の1つになっています。
アンヌは父ジョルジュが母の介護のため引退した後家業を

継いでおり、バリバリのやり手なんですが、息子ピエールは

どうもヘタレで、彼女の過干渉ゆえか酒浸り。そうなんです。

エヴが初めてこのロラン家の食卓の前に座った時、みなが

自分の世界中心に動いていて、家族であっても相手への関心が

ほとんどないつまり理解しようとする気持ちすらないことに

気づくのです。唯一ジョルジュだけが関心を持っているよう

だけれど、彼は認知症ですぐに忘れてしまう。

 

ハッピーエンド
 

ジョルジュはその後車の事故を起こし、車いす生活になると、

自殺願望を抱くようになるのです。それはトマの浮気を知って、

自分の居場所がなくなることに絶望し自殺を図ったエヴが

体験した「死」と共振し、二人は心を通わせたかのように

思えるのですが、いやいやエヴは本心はsns上の匿名の誰かに

しかそれを明かしません。ここが複雑なところなのです。

誰かが共感を持ち、この家族が未来に向かって明るく再出発!!

などというありきたりの展開にならないのはわかっていた

ことかな。
ロラン家があるカレーという街は美しい場所であるけれど、実は

移民、難民(イギリスへ密入国するための拠点)問題を抱えて

いることに、彼らは一切関心を持たないのです。持っていない

ことがわかるかのようにそういうシーンはほとんど映りません。

アンヌが経営している建設会社の作業員たちの多くが移民であり、

経済的に困窮していることは、死亡事故の当事者の姿を見て

一目瞭然なのに、法と金銭で解決し、会社が盤石であること

しか興味がない。それは自分の家族に対しても全く同じで、

逆に言うと、家族に関心のない者が他人に関心を持つはずも

ないのです。
ラストに突然スマホを取り出し、撮影を始めるエヴの姿と、

慌てて走って行くアンヌとトマの姿に未来への希望が見えた

でしょうか。

 

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村  人気ブログランキングへ

 

 


めぐりあう日

4

JUGEMテーマ:洋画

 

めぐりあう日

 

「めぐりあう日」

原題:Je vous souhaite d'etre follement aimee

監督:ウニー・ルコント

2015年 フランス映画 104分

キャスト:セリーヌ・サレット

     アンヌ・ブノワ

     ルイ=トゥ・ランクザン

     フランソワーズ・ルブラン

     エリエス・アギス

 

パリに住むエリザは、生みの親を捜すため調査会社に

よって知った出生地ダンケルクへ息子とやって来る。

しかし守秘義務のため実母の名前は明かされず、彼女は

理学療法士として働きながら自ら調査を進めるが..。


<お勧め星>☆☆☆ 一人の女性が自らのルーツを知り

再出発を始める話です。


あなたが狂おしいほどに愛されることを、

私は願っている


ウニー・ルコント監督は「冬の小鳥」(2008)で

知りましたが、あの映画では自身の少女時代を映画化した

もので、主演のキム・セロンの演技が心に深く深く突き

刺さりました。養子縁組に希望を抱く...というあらすじを

書いているものもあるけれど、映画内ではまるで動物の

譲渡会のように韓国の施設からフランスへ向かう少女が

映し出されます。その時の笑顔とその直前の彼女の行動は、

自らのルーツを捨てることへの葛藤と、新しい旅立ちへの

希望の両方を感じさせ、見終わってからも静かに考え

込みました。
この映画は同じように養子に出され里親の元で育ったエリザが、

実の母親捜しをするという内容です。エリザの現在の姿を

見る限り、里親の元で幸せに成長したことは間違いないの

ですが、なぜに自分のルーツを知りたがるのでしょう。
またそこへ息子ノエまでも巻き込む理由は何でしょうか。

 

めぐりあう日
 

彼女がダンケルクで生まれたことを知り、夫を残して

息子ノエとその地へ向かいます。なぜ夫と上手くいって

いないのかわかりません。ただノエの容姿がアフリカ系の

血筋を感じさせ、映画内でもそれを指摘するシーンがあった

ことからエリザは自分のルーツに深く関心を持ったのだと

感じるのです。

 

めぐりあう日
 

実母である女性と偶然つながり、それはノエともつながりが

あるというストーリーは、特に違和感がなく描かれていきます。

理学療法士をしているエリザは、多くの患者の体を素手で

マッサージし、それがまことに生々しく、肌と肌を通じて

感じるものが血の繋がりへと変わった時、エリザは混乱します。

 

めぐりあう日

 

なぜだろう。

また行きずりの男と一夜を共にし、それを責めるノエをなぜ

平手打ちするのだろう。彼女の混乱に息子を巻き込んでいると

いう夫の指摘はズバリじゃないだろうか。さらに序盤にエリザは

妊娠がわかり、すでに中絶できる時期を過ぎていたため、

わざわざベルギーで手術を受けるのです。妊娠を夫に告げない

理由とか中絶する理由とか全くわからないのです。
こんな多くの疑問を抱きつつ、ラストに笑顔で向かい合う2人を

見ると、かつて破壊された経験を持つダンケルクという町が

彼女にとっての再生の町に変わったことがとても幸せに感じて

しまいます。
原題の意味は

「あなたが狂おしいほどに愛されることを、私は願っている」で、

作家アンドレ・ブルトンの著書「狂気の愛」の中で、娘に宛てて

書いた手紙からの引用だそうです。この作家の名前も初めて

知りましたが、「愛されていたのか」ということを確かめる旅が

ダンケルクへの旅だったのかなとも思ったりしました。

 

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村  人気ブログランキングへ

 


君はひとりじゃない

4

JUGEMテーマ:洋画

 

君はひとりじゃない

 

「君はひとりじゃない」

原題:Body/Cialo

監督:マウゴシュカ・シュモフスカ

2015年 ポーランド映画 90分

キャスト:ヤヌシュ・ガヨス

     マヤ・オマダシェフスカ

     ユスティナ・スワラ

     エバ・ダウコフスカ

 

検察官のヤヌシュは妻の死後摂食障害に陥った

娘オルガと暮らしながら、日々の仕事に追われて

いる。彼は娘の治療のためにアンナのセラピーを

受けさせるのだったが..。


<お勧め星>☆☆☆☆ 何がおかしいのかわから

ないけれど、ラストは泣き笑いしてしまいます。


思いやる心


冒頭に出てくる首吊りをした男は、綱を外して下に

おろすと、知らないうちにスタスタ立ち去ります。

このシーンの意味はいくら考えてもわからないのです。
さてこの映画は大きな特徴が2つあって、1つは

食べ物や食事は真上から撮影すること。

 

君はひとりじゃない

 

まるでインスタ映えを狙うかのようですが、むしろインスタ

不映えというくらいまずそうです。これには理由が

あって、ヤヌシュが検察官という仕事柄、遺体を検死

した後に口にする食事とか、摂食障害のオルガが

どうしても口に入れることができない食事を映すので、

敢えてこのように描かれていると思います。
もう1つはBGMが一切ないこと。ラストに

ジェリー&ザ・ペースメイカーズの

「You'll Never Walk Alone」が流れるのみです。これが

とてもいい歌だし、このシーンにぴったりなんです。

邦題はここから来たのかしら。映画の内容とはかなり

違うけど。

 

君はひとりじゃない
 

ヤヌシュが妻を亡くした悲しさ、寂しさとオルガが母を

亡くした悲しさ、寂しさは、比べる物差しがなく、特に

オルガは父を憎み、摂食障害を起こすことで、その

張り裂けそうな気持ちを封じ込めているかのようです。

 

君はひとりじゃない
 

そこに登場するセラピストのアンナは霊媒師であり、死者

との交信ができるらしい。霊媒師といえば「死霊館」の

ウォーレン夫妻が有名ですが、こちらはそんな悪霊相手

ではなく、死んだ息子から母への手紙が届くようなとても
優しいお仕事なのです。間違ってもあちらの世界に行って

悪霊を戦うわけではありませんし、そもそもそういう映画

ではないのです。
ヤヌシュの家で誰もいないはずの場所の窓が開閉したり、

急に電気がついたり、音楽が鳴ったり、足音がしたり..。

やはり妻ヘレナの霊が家に帰ってきているのかと思うヤヌシュ。

しかし一方で墓地の水道管が破裂し、妻の棺が流され、

中身を確認するとやはり妻はそこに入っているのです。
確かに死んで葬られているのです。それでも妻からの手紙を

見つけ、遂に自宅でヤヌシュ、アンナ、オルガで交信を

始めるのですが、ヤヌシュは吹き出してしまう。この気持ちは

とてもよくわかります。笑ってはいけないと言われ、とても

まじめに行うべきことなのになぜか笑えてしまうことが往々

にしてあるものです。
手紙はオルガが書いたものだと白状し、いつまでたっても霊

と交信できないまま、大いびきをかき始めるアンナの姿を

見ると父娘は思わず吹き出します。もう笑いが止まらない

のです。こういう共通の思いを持った時、離れていた心が

少しだけ近づいていくのでしょうね。
ここで流れるのが前述の歌です。父娘の半泣きの笑い顔は

なぜか晴れ晴れしていたなあ。わたしも思い出しても笑って

しまいます。

 

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村  人気ブログランキングへ


オオカミの皮をまとう男

4

JUGEMテーマ:洋画

 

オオカミの皮をまとう男

 

「オオカミの皮をまとう男」

原題:Bajo la Piel de Lobo

監督:サム・フェンテス

2018年 スペイン映画 110分

キャスト:マリオ・カサス

     イレータ・エスコラー

     ルス・ディアス

 

スペイン北部の山奥で狩りをして暮らす男が一人。

彼はオオカミの毛皮を町で売って生計をたてていたが、

町民の一人の勧めで嫁をもらうことにするのだった。


<お勧め星>☆☆☆ 孤独な男の心の動きが単調な

生活の中に描かれています。


男が欲しかったもの

 

<ネタバレしてます>


いつの時代の話なのか、現代なのか、少し前なのか、

それが全くわからないようなスペイン北部の山奥で

一人の男が暮らしているのです。山奥といっても山道を

登るだけではなく、岩場をロープで上らないと到達でき

ないようなものすごい場所なのです。多分ここには

アマゾンは配送されないと思う。いやそもそも注文する

手段がないじゃないか。

男は誰かと話をすることもなく、鹿狩りをし、自分で

さばいたその肉や飼っている山羊の乳を食事として摂って

いるわけです。どうしてこんな場所に暮らしているのか、

家族はいないのか、それはまったく語られません。
ただ男の家の裏山に幾つかの墓があることから、かつては

男の親たちもいたと思われるのです。

さて、この男がおそらく数日かけて山を下りていくのは、背中に

何枚も巻き付けたオオカミの皮を町へ売りさばきに行く時で、

この姿は「レヴェナント:蘇えりし者」(2015)の

レオナルド・ディカプリオを彷彿とさせます。よく見ると

顔立ちもレオ様の面影があります。

 

レオ様
 

ookami

 

但し、レオ様が身にまとっていたのは死闘で勝ち取ったグ

リズリーの毛皮だったのに対し、この男はオオカミの毛皮

なので厚みが違う。レオ様のいた場所が酷寒の地だったこと

とも比べてもだいぶ違う。
雨が降る中ガラス越しに外から家の中を映す時、そこで何が

話し合われていたのか全く会話はわかりません。しかしその後

男が女を連れ帰ることで、男が嫁をもらったと理解するのです。

 

オオカミの皮をまとう男

 

嫁をもらって男は何か変わったか?孤独な男が快活になったか?

二人で会話をするのか?そこが全然変わらないのですよ。ただ

今まで一人でしていた畑仕事を二人で行い、獣のように関係を

求める姿が加わったのみでしょうか。そしてどうやら妊娠した

らしい女と雪の日に何かを話し合う二人が、これまたガラス

越しに映ります。ここも内容はわかりません。しかしやはり

その前後の映像ですべてがわかるのです。さらにその妻の

遺体を葬った墓から掘り出し、村まで持っていく男。男の

嘆きは彼が黙々とこさえていた木の揺りかごを思いきり破壊

することでこちらに強く伝わるのです。男は感情を表現するこ

とが限りなく下手なのでしょう。
季節は雪で埋め尽くされた外の景色や裏山に咲く花の光景から

伺えます。病気持ちで妊娠していた未亡人を、村人への体裁を

保つために売りつけた妻の父は、怒る男に差し出すのは下の娘。

こんなことあるのかと思うけれど、男はそれに納得するのです。

じゃあなぜ埋葬した妻を掘り返し、この村人の元へ運んだの

でしょうか。一旦埋葬したのは男が妻に対しての愛情を示した

のであり、それを掘り返し、親の元に運んだのは、だました

村人への怒りの表れだったと理解しています。
そしてまた同じように新しい妻と変わらない生活を開始する

わけです。男の食べ方、行動、単調な生活に新しい妻は嫌悪感を

抱き、そして憎しみへと変わっていくけれど、男はまったく

気づかない。鹿肉にかぶりつく姿が本当に汚いんです。それが

後半はいっそう強調されているように思います。

 

オオカミの皮をまとう男
 

同じように畑仕事をする姿、同じように食事をする姿、妻が

妊娠するとそれなりに優しさを見せる男。この姿は前妻の時と

ほとんど変わらないのですが、変わっているのは、今回の妻

には何も引け目を感じる要素がなく、親の命令に従っただけ

ということ。雪の中逃げ出した妻が罠にかかり、凍死寸前の

ところを救い出した男が彼女を温める姿には、人間としての

優しさを強く感じます。しかし、彼が欲しかった孤独を埋める

「家族」は、金のために我が子を売るような親であっても血縁

には勝てず、結局妻に去られてしまう。朝目覚めた時、もしか

したら隣にいるかも?と思って隣を見る男の姿が悲しかったなあ。

そしてまたしても使われることがなかった木の揺りかごを、

今回は手で撫でるのです。今回は手にすることができたはずの

自分の家族を失った原因は全て男にあると考えたからでしょうか。

それとも妻に毒草を飲まされていたことに気づいたからで

しょうか。そこまで憎まれる理由はなかったはずなのに。

最後に映る男の家が要塞のようで、それがそのまま男の胸の内

を表しているようでした。

 

 

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村  人気ブログランキングへ


はじまりの街

4

JUGEMテーマ:洋画

 

はじまりの街

 

「はじまりの街」

原題:La vita possibile

監督:イバーノ・デ・マッテオ

2016年 イタリア=フランス映画 107分 

PG12

キャスト:マルゲリータ・ブイ

     バレリア・ゴリノ

     アンドレア・ピットリーノ

     カテリーナ・シェルム

 

ローマに暮らすアンナは夫のDVから逃れるため、

息子のヴァレリオと友人カルラが住むトリノへやって

来る。初めての場所になじめないヴァレリオは、夜の

サイクリング中に街娼を見かけ、心を惹かれていくが...。


<お勧め星>☆☆☆ 人生を切り替えるチャンスはいつ

でもあるのだと実感します。


何があっても人生は素晴らしい


冒頭、サッカーの試合の話をしながら帰る2人の少年うち、

ヴァレリオが自宅へ戻ると父が母に暴力をふるっており、

彼は思わず失禁してしまうのです。

 

はじまりの街

 

女性に暴力を振るう男性は個人的には最低だと思っている

けれど、ある時男性に

「僕は妻に言葉の暴力を受けているんだ」

と聞かされたことがあって、暴力は肉体的なものだけを指す

のではなく、精神的なもの、特に「言葉」の暴力は肉体的な

ものと寸分の変りもないダメージを与えるのだと実感しました。

いや男性の怒鳴り声も思わずビクリとなってしまうな。けれど

ニコニコ笑っているだけの毎日って本当に難しい。
この母親アンナは、幾度となく夫にDVを受けているらしく、

二人は彼女の友人カルラがいるトリノへ逃げていくわけです。

 

はじまりの街

 

この映画の登場人物は、DV夫でも息子のために許すべきか

(これ何度めだろう)悩むアンナと13歳の多感な少年ヴァレリオ、

普通の感覚とはかなりズレていて、少し幼稚に思えるカルラ、

家の前のビストロの主人マチュー。

 

はじまりの街

 

マシューはフランス人であることと、かつて起こした交通死亡

事故の件で嫌がらせを受けている元サッカー選手です。さらに

暇つぶしに夜のサイクリングに出かけたヴァレリオが心を惹か

れる街娼ラリッサ。

 

はじまりの街

 

これね、一目でその仕事がわかるし、ヴァレリオだって知らない

はずもない年齢なんですが、なぜか心を惹かれるんです。ここは

かなり謎。後半彼女と遊園地デートした後に、彼女の仕事の現場を

目撃すると、ヴァレリオは大泣きするんですよ。13歳ってそう

いう年頃なんだろうか。
ヴァレリオが孤独に耐えているのと同時に、母アンナは、慣れない

仕事と息子の反抗と、空気の読めないカルラとの生活に疲弊して

いくのです。そうそうセクハラ演出家?もいました。幾つもの出来事

が起きるけれど、その中で一番好きなものは、傷心のヴァレリオが

放置していた自転車に、しっかり鍵をかけておいてくれたマチューの

優しさです。人間は優しさの積み重ねで生きていくのだなと思って

しまいます。時にはそれが「おせっかい」だったり「鬱陶しい」と

感じるけれど、それでも優しい心を受け取ると、それが他人への優しさ

につながっていくと思うのです。そんなことを考えていても、やはり

終盤の急展開はちょっと説明不足感が否めません。急にサッカーに

誘いに来る近所の少年たちは、何を見て誘おうと思ったんだろう。

まあそこはいいか。
気球が上がっていくシーンとそこで流れる明るい歌で、人生はいつも上昇

することができるのだと実感する映画です。

 

 

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村  人気ブログランキングへ

 

 


グッバイ、サマー

3

JUGEMテーマ:洋画

 

グッバイ、サマー

 

「グッバイ、サマー」

原題:Microbe et Gasoil

監督:ミシェル・ゴンドリー

2015年 フランス映画 104分 PG12

キャスト:アンジュ・ダルジャン

     テオフィル・バケ

     ディアーヌ・ベニエ

     オドレイ・トトゥ

 

クラスメイトから馬鹿にされ、家では母親の過干渉に

悩まされているダニエルは、変わり者の転校生テオと

親しくなる。2人は自立に憧れ、廃品で車を作りあげて

夏休みに旅に出るのだったが...。


<お勧め星>☆☆☆半 楽しいけれどなんだか切なさも

感じる不思議な映画です。


個性って何だ


監督は「僕らのミライへ逆回転」(2018)の

ミシェル・ゴンドリー。あの映画ではレンタルビデオ店の

テープの中身が全て消えてしまうという事態を打開するため、

店員と親友が自作で映画をリメイクしていくというもの

でした。このリメイク映画が奇抜すぎるほどのアイデアであり、

当然予算なんてないに等しいのだけれど、そのアイデアで

一躍人気になってしまうのです。元ネタ映画を探すという

醍醐味も味わえます。
そして今作では監督自身の自伝的青春ロードムービーという

触れ込みです。主人公の2人の少年はまったく境遇が異なり、

ダニエルは過干渉過ぎる母親を持ち、パンクロッカーの兄と

几帳面すぎる弟に嫌気を覚えているらしい。

 

グッバイ、サマー

 

母親がオドレイ・トトゥなんですよね。
今でもとっても可愛いけれど、この映画ではヒステリックな母親と

いう雰囲気を醸し出しています。

 

グッバイ、サマー

 

一方のテオは彼を労働力としか考えない父親に毎日こき

使われているわけです。ちなみに母親は太りすぎで心臓を

病んでいて、兄はドラッグとアルコール中毒に後に軍隊に

入ったという、比べると絶対にダニエルの方が恵まれた家庭

なんですよ。でもそれを本人はまったく感じていないし、

テオも自分が不遇だとは思っていないのです。そこにはやはり

自分たちの将来への「夢」があるんじゃないかなあ。今まで

生きてきたよりも何倍も長くこれから先生きていくのだから。

 

グッバイ、サマー
 

で、ダニエルは小柄だし、髪の毛も長くて「ミクロ」と呼ばれて

クラスでは馬鹿にされているんです。心を寄せるローラにも

どうも思いが通じないというか思いを伝えることすら考えつかない

のです。そしてテオが廃品から改造バイクを作ったのを見て、

2人で、今置かれている境遇を脱するために「2人の車」を

作り、フランス国内を旅しようと計画するんです。この車の

アイデアがとにかく奇想天外で、車両認可が下りないなら、

家に車輪をつけて走らせよう。警官に見つかりそうになったら、

家に変えよう。というもの。これがね、とても可愛いくできていて、

車を止めると、ぱたんと車輪が隠れる木が下りるんです。

すると何ということでしょう。

 

グッバイ、サマー
 

まるで小さな別荘が出来上がるではありませんか。いやいや

次に動かすときには、外に出てその木を止めないといけないん

ですけどね。2人の秘密の旅行には楽しいことばかりのはずがなく、

危険もあれば、喧嘩もあるし、そもそも行き先を決定した

ダニエルの下心までわかっちゃうんです。この辺りを見ていると、

14歳というのは大人の階段を2,3段上り始めたばかりで、

想像力に限界があり、それでいて叶えられないはずの夢が頭の中で

現実化しているのだろうなと思ってしまいます。親切に食事と

ベッドを用意してくれた歯医者は「シリアルキラー」と考えるし、

女子に間違われても「個性」を主張していたダニエルが突然髪を

切ることを決意するもののなぜか風俗店でカットしてもらう羽目に..。

周りと同じなのは嫌だけれど、プライドも捨てられないという

微妙な心が見え隠れします。さあこの2人がどうやって自宅に

戻っていくのかと思ったら見事なミラクル登場。でも、戻った家で

2人が同じように暖かい家族に迎えられるわけではないのです。

そしてこの夏を経て、2人が再び旅行をすることはないんだろうなと
なぜか確信に近いものを覚えると、少しだけ鼻の奥がツンとなりました。
きっと数年後にはどちらも成長して全く違う道を歩んでいるの想像

できてしまうのは、年齢のせいだろうか。もしかして...という

ことが頭に浮かばないのは、将来への夢を大きく持てなくなった

からでしょうか。

 

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村  人気ブログランキングへ



カレンダー

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< November 2019 >>

ブログランキング

今日のわんこ

powered by 撮影スタジオ.jp

アマゾン

遊びにきてくれてありがとう!

カウンター

死語レッスン

最新記事

categories

過去の記事

コメントありがとうございます!

トラックバックありがとうございます!

recommend

お友達

ミス・マープルについて

書いた記事数:3071 最後に更新した日:2019/11/20

あの映画を探そう!

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM