イブラヒムおじさんとコーランの花たち

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イブラヒムおじさんとコーランの花たち

「イブラヒムおじさんとコーランの花たち」
原題:Monsieur Ibrahim et les Fleurs du Coran
監督:フランソワ・デュペイロン
2003年 フランス映画 95分
キャスト:オマー・シャリフ
     ピエール・ブーランジェ
     イザベル・アジャーニ

1960年代、初頭のパリに父と暮らすモイーズは
せっせと貯めた小銭をトルコ系移民の老人の店で
両替し、遂に初体験を済ます。老人はモイーズの
ことはすべてお見通しで、彼も次第に老人の話に耳
を傾けるようになるのだった。

<お勧め星>☆☆☆半 見終わるとほのぼのします。
しかし今こんな状況ではないのが辛いです。


音楽が懐かしいものばかりなのです。そして映画の
終盤、モイーズとイブラヒムおじさんが、おじさんの
故郷を目指す旅をするとき、画面いっぱいにスイス、
アルバニア、ギリシャの街並みや遺跡、景色が美しく
広がるのです。
話の始まりは、パリに住むユダヤ人モイーズ少年が
ブタの貯金箱を壊して、小銭を取り出すシーンからです。
へーヨーロッパにもブタの貯金箱ってあるんだ。この
金を何に使うかって?それは道路で立ちんぼをしている
娼婦と初体験をするためだとわかると、彼がなぜ鏡を
前に、声のかけ方やしぐさを練習していたのか理解でき
てしまう。なんだかいじらしい。

やっと35フラン貯まったので、向かいのイブラヒム
おじさんの店で両替してもらい、ついでにちょいとお菓子
をくすねて、遂に目的達成。


イブラヒムおじさんとコーランの花たち

モイーズの母は優秀な兄ポポルを連れて家を出ており、
彼は仕事で忙しい父に代わって食事を作るのです。この
父がなんとも陰気な男で、終盤に実はモイーズは母が不倫
して生まれた子であり、兄などいなかったとわかると、この
陰気さもうなづけるのです。


イブラヒムおじさんとコーランの花たち

モイーズとはろくに会話もしない父と違い、イブラヒム
おじさんは、彼のことをなんでもお見通しなのです。もち
ろん万引きも知っていて
「くすねるならこの店でしろ」
と言ってくれるのです。さらに
「父親は適当なものでいい。モイーズはいいものを食べろ」
と父には賞味期限切れのキャットフードなどをパテとして
食べさせることを助言します。
「これはうまいなあ」
だって。

このイブラヒムの教えはコーランに基づいており、1つ1つが
モイーズの生き方の指針となっていくのです。
「金持ちは笑う」
というモイーズに
「笑うから幸せになる」
と教えます。そうそうこの街で映画のロケがあり、女優として
登場するのが、イザベル・アジャーニです。


イブラヒムおじさんとコーランの花たち

この人にもお水をたかーく売っちゃう。
しかし陰気な父は会社をクビになり、さらに陰気となり、
遂にはわずかな金を残して失踪するのです。するとイブラヒム
は彼を自分の養子にしようと奔走します。自分の母との関係も
理解したモイーズとイブラヒムは本当の親子のように、いや
孫とおじいさんのようにだな、生活するのです。
イブラヒムの信仰はイスラム教のスーフィ主義といい、戒律に
とらわれず、内面を重んじるもので、現在のISが主張する教義
とは全く異なるものだと思われます。とにかく平和な笑顔の
絶えない考え方なのです。

終盤、イブラヒムは真っ赤なスポーツカーを買います。もちろん
モイーズとともに自分の故郷へ向かうためです。...がおじさん
には免許がなかったとわかり、そこからモイーズの助けも借りて
何とか免許取得し、旅に出ます。
イブラヒムの言うスローライフが幸せの証、というにぴったりの
景色を見ながら、突然の悲劇に襲われます。それでもイブラヒム
は笑いながら目をつぶるのですよ。イブラヒムは故郷の町へ入る
砂漠の道で事故を起こし、それがもとで亡くなるのです。
そして今、同じ店でモイーズは同じように物を売っています。
ほら小僧が万引きしていったよ。それを笑って見ているモイーズ
はイブラヒムそのもののようでした。
オマー・シャリフがとても味のあるおじいさんになっています。


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ストックホルムでワルツを

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ストックホルムでワルツを

「ストックホルムでワルツを」
原題:Mnonica Z
監督:ベル・フライ
2014年 スウェーデン映画 111分
キャスト:エッダ・マグナソン
     スベリン・グドナソン
     シェル・ベリィクビスト

スウェーデンの田舎町で電話交換手をしている
モニカは、一人娘エヴァ=レナの世話を両親に
任せ、夜はジャズクラブのステージに立っている。
そんな彼女にニューヨークで歌を歌うチャンスが
舞い込むのだが...。

<お勧め星>☆☆☆半 色遣いやファッションが
素敵だし、何よりジャズメロディが心地よいです。


スウェーデンの伝説的な歌手モニカ・ゼタールンド
の半生を描いた作品で、その役を演じている
エッダ・マグナソンは人気のジャズシンガーで、
その味わい深い歌声とともに美しい顔だけでなく
ヌードも披露する体当たり演技を見せています。


ストックホルムでワルツを

また1960年代のファッション、髪型、車、街並み
などが見事に再現されており、どこか郷愁を誘う雰囲気を
漂わせているのです。
スウェーデンのハークウォッシュという田舎町に住む
モニカは、電話交換手をしながら、夜はジャズクラブで
歌を歌うシングルマザー。家には自身の両親がいて、孫で
あるエヴァ=レナの世話をしているんだけれど、モニカ
は特に父とそりが合わないのです。


ストックホルムでワルツを

映画内で幾度となく繰り返される口論の中で、父は
「お前はなぜ木登りで上を目指すんだ。同級生が途中
であきらめても、お前は頂上を目指し、見事に木から
落ちたじゃないか。」
と言い、モニカは
「わたしは上からの景色をみたいのよ。」
と言い返すのです。後半にわかるのですが、実は父も
かつてジャズのトランぺッターであったらしい。結局
夢破れた自分を顧みて、現状に満足することを諭すわけ
です。

モニカに舞い込んだニューヨークでステージに立つ、と
いう話は、浮かれて舞台で歌った彼女の前から客が立ち
去るという現実と、尊敬するジャズシンガーからの酷評
で打ち砕かれるのです。この時代ジャズは黒人の歌で
あり、その歌を聴きに来るのは白人で、まさかモニカの
ような北欧の金髪女性が歌うなどとは思わなかったの
でしょう。それでいて彼らに楽屋はなく、モニカが自分
の楽屋を使って、とまで言っています。またモニカの
あこがれのジャズシンガーに自分の歌を聴いてもらうも
「心で歌いなさい。真似だけでは歌えない。」
と言われるのです。

失意のまま帰国したものの、こんなことにモニカは
負けません。再びスウェーデンでのツアーに参加し、
’スウェーデンの言葉でジャズを歌いたい’
と考えます。バンドのチェリスト、ストゥーレが渡した

ベッペの詩集から曲がスラスラ思いつくあたりは彼女
の天性の才能を感じさせます。ただ酒とたばこが手放せない
姿が多く映され、モニカの歌のレッスンシーンがほぼ
見られないのは少し残念です。

さらにモニカは、自分の目的のために有名な男性を利用
していくのですが、それがことごとく成功し、国内での
トップ歌手に登りつめます。この辺りはあまり好感の
持てる姿ではありません。しかし現実にはこんな世界
なのでしょうね。娘のために豪華な家を買い、派手な
パーティーを開くものの、それは当時の恋人ヴィルゴット
に受け入れられるものではなかったのです。そして
ユーロビジョン・ソング・コンテストにスウェーデン代表
で参加し、自慢の歌を披露したものの、ジャンルが
ふさわしくないということで、なんと零点に終わってしまう。

彼女の挫折は続きます。この辺りはとてもテンポよく
描かれ、ヴィルゴットと別れ、いつもそばにいると思って
いたストゥーレの婚約、新しい恋人の浮気、流産など
彼女は大きな打撃と苦痛を受けるのです。しかし舞台上
では相変わらずモニカを演じ続けます。けれど一旦自宅に
戻るとたった一人で大きな屋敷にいることの孤独に押し
潰されそうになるわけです。何かを得るには何かを犠牲
にしないといけない、と言うけれど、彼女の得たいものは
あまりに大きな犠牲を伴ったのかもしれません。

ラストに再びニューヨークに呼ばれ、観衆の前で自身の
歌をスウェーデン語で歌うと拍手喝さいを浴びます。その
歌を地元では両親がラジオで聴いているのですよ。父は
その歌を聴き初めて涙を見せます。
「挑戦すれば成功できたのに」
とモニカに言われた通り、挑戦すれば成功したかもしれ
なかったけれど、それを今自分の娘が手にしているのです。
ラストはストゥーレとの結婚式の後、どんどん高く上がって
いくモニカが映ります。彼女はまさに今、木の上からの
景色を眺めているのだなと実感するシーンでした。
その後のモニカ・ゼタールンドは、重い脊柱側弯症のため
引退し、車いす生活を強いられた後に、悲劇的な自宅火災で
亡くなっているとのこと。彼女の最高の時期でエンディング
にしたことは、気分の良いまま見終わることができました。





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ターナー、光に愛を求めて

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ターナー

「ターナー、光に愛を求めて」
原題:Mr.Turner
監督:マイク・リー
2014年 イギリス=フランス=ドイツ映画 PG12
キャスト:ティモシー・スポール
     ドロシー・アトキンソン
     マリオン・ヘイリー
     ポール・ジェッソン
     レスリー・マンビル

19世紀のロンドンの画家ターナーは、若い頃から
その作品に高い評価を受けており、自由気ままに旅
をしながらその題材を求めていた。しかし最大の理解者
である父を亡くした後、失意の彼は旅宿を営むブース夫人
と出会う...。

<お勧め星>☆☆☆ 有名な画家ターナーの後半生を如実
に描いており、秀逸な作品ですが、やや単調です。


ターナーは、昨年美術館で展覧会があり、その絵を鑑賞
しました。モネなどの印象派の画家たちに影響を与えた
だけあって、その絵画からはリアリティーではなく、光を
上手く使った独特の雰囲気が漂っていました。
でもそもそも絵画に疎い自分にとって、最も印象に残って
いるのは、彼自身が描いた自画像で、それがかなりハンサム
だったことです。1枚だけ他の人物がターナーを描いたもの
がありましたが、そこに描かれていたのは、自画像とは似ても
似つかない醜い小男でした。そんなわけで、このターナー役
を演じるティモシー・スポールがとてもよく似合っています。


ターナー

19世紀、ロンドンで画家をしているターナーは、そのよき
理解者である父を持ち、自由にあちこち旅行しては、絵を
描いていたのです。帰宅すると猫背のハンナという女中がおり、
ターナは自分の慰み物として扱うだけで、彼女の存在など
ないかのようにふるまいます。
さらに元恋人との間に娘2人がいるものの、認知もせず、孫が
生まれたと言って全員で訪ねてきても、大して関心も見せま
せん。彼の作風にある通り、光の部分だけ求め、影となる部分
は避けていたのかもしれません。
そしてたまたまスケッチ旅行で立ち寄った宿のブース夫人と
出会うわけです。


ターナー

ブース夫人は2回めの結婚をしており、その夫は元奴隷船の
船大工をしていたことで、彼から奴隷船の話を聞かされるの
です。帰宅するとその船の姿をキャンバスに描きなぐるターナー
が映ります。そして彼の父が亡くなり、失意の彼はブース夫人の
船宿を訪れると、彼女も夫を亡くしていたのです。ターナーは
なぜかブース夫人を気に入り、そのまま深い関係になります。
ターナー曰く「キミの鼻が好きだ」。(確かに鼻は大事だな)
一方ターナーの作品は時代の流れで、受け入れられない存在に
変わっていきます。その前にロイヤル・アカデミー内の醜い争い
も描かれ、彼の苦悩も伝わるのです。


ターナー

ターナーは病に冒され、ブース夫人の家に入りびたりになると、
ハンナは人づてにそこを訪ねて行きます。彼女はそこで、夫婦
同然に暮らす2人の話を聞き、彼の顔を見ずに戻るわけですよ。
ハンナの悲しみなどきっとターナーはこれっぽっちも気づか
なかったでしょうね。
ターナーが題材を求めた先の景色がとても美しく描かれていて
まるで彼の絵画そのもののようでした。





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アンナと過ごした4日間

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アンナ

「アンナと過ごした4日間」
原題:Cztery noce z Anna
監督:イエジー・スコリモフスキ
2008年 ポーランド=フランス映画 94分
キャスト:アルトゥール・ステランコ
     キンガ・プレイス
     イエジー・フェドロヴィチ
     バルバラ・コウオジェイスカ

ポーランドの田舎町に住むレオンは、病院の火葬場で
働きながら、病気の祖母の世話をしている。彼の唯一
の楽しみは、隣接する看護師寮に住むアンナの部屋を
のぞき見することだった。

<お勧め星>☆☆☆ これを純愛ととるべきか、変態と
とるべきか、見る側に尋ねているように感じます。


冒頭、斧を買う男が映り、彼のおどおどした様子と、次に
映る人間の手を燃やすシーンから、まるで殺人鬼であるか
のような映画を想像します。しかしそれは全く間違いであり、
映画の全貌がつかめるのが、ラスト付近の法廷でのシーン
という手の込んだ作り方になっています。画面全体は暗く、
ポーランドの寂れた町の厳しい気候を物語っているかのよう
です。
主人公レオンは、病気で寝たきりの祖母の世話をしつつ、
病院の火葬場で働いているらしい。これが冒頭の手を燃やす
シーンだったのです。そこでも手にはめてあったはずの指輪
を盗んだと疑われてしまうほど、レオンは他人に受け入れて
もらえない存在かつ、はっきり否定もできない気弱な男なの

です。そんな彼の唯一の楽しみは、祖母を寝かしつけてから
こっそり隣接する看護師寮の部屋をのぞき見すること。


アンナ

彼の息遣いと手にした小さな灯り、そして煙草の火だけが
輝き、いつ相手に見つかるのかとドキドキします。この看護師
はアンナという女性で、かなり豊満な人。後で説明がありますが、
レオンは非嫡出子であり、祖母に育てられた生い立ちから、自分
なりの母親像を求めていたのかもしれません。
そして突然釣りの帰り道、農場の納屋で女性がレイプされて
いる現場を目撃します。これが急に入り込むので、いつのこと
なのか、これが誰なのか、少々混乱するのです。さらに警察での
レオンでの取り調べシーンも映りこみます。そこでも彼は自分の
意見をはっきり主張できないのです。


アンナ

そして祖母が亡くなり、遺品を燃やしているとそこからなぜか
アコーディオンが出てきます。その音色ももの悲しく、唯一の
身内を亡くした彼の孤独を物語っているようです。


アンナ

それから祖母の睡眠薬を、アンナの部屋の砂糖に混ぜ、熟睡した
彼女の部屋に忍び込むことを考え付きます。もちろんれっきとした
犯罪なんだけど、レオンがあまりにビクビクしているので、逆に
滑稽に見えてしまうのです。
1日目、アンナの白衣の匂いを嗅ぎ、取れかけたボタンを器用に
縫い付け、彼女の枕に少しだけ頭をのせる。
2日目、途中で眠ってしまったアンナに代わって、彼女の足の指の
ペティキュアを縫ってあげる。
3日目、この日は焼却場閉鎖のため、彼は仕事を解雇され、退職金
で指輪を買うのです。ちょうどアンナの部屋では彼女の誕生日パーティ
が開かれている。遠くから同じように乾杯し、酔いしれて行くレオン。
どこまでも悲しく感じますが、レオンにとっては、至福の時間なの
ですね。そして部屋に侵入し、バラを飾り、パーティの残り物を
食べ、指輪をはめてあげると、アンナの指には大きすぎるんです。

そうこうするうちに指輪は転げ落ちて、床板の間に入り込んでしまう。
悲しい姿なのに、やはり滑稽に映ります。さらに、同じ様に眠りこみ、
翌朝大慌てで彼女のベッドの下に隠れるレオン。ベッドの下からの
視点でアンナは映され、その結構太い脚が目の前に出てきます。
4日目、彼女の部屋の鳩時計を修理し、戻しに行った所で、パトカー
に見つかる。この時も慌てすぎたレオンは、部屋のカーテンに
絡まって転がるのです。この姿こそ本当の悪人ではない、ただの内気
で孤独な男であることを象徴している気がします。

そして彼が実はかつて、アンナのレイプ犯として有罪となっていた
ことがわかるのです。刑務所内での他の囚人からの暴行シーンも映り、
レオンの不幸さをさらに物語るものになります。この冤罪を経て
彼はアンナを愛するようになり、それは「のぞき見」という形で表現
することしかできなかった。さらにエスカレートし、「侵入」という
形になってしまった。
彼が法廷で、なぜ再びあんなに近づいたのかと尋ねられた時、明確に
「愛だからです」
と答えていました。レオンが自信を持って「愛」を訴えたところで、
それは普通の人間であれば、気味が悪いとしか受け取れないのは当然
のことなのです。アンナも然り。

ラストに釈放されたレオンが自宅に戻ると、隣の看護師寮の前には
高い壁が出来上がっています。これはどんなに彼が思いを伝えようと
しても超えられない壁が存在するということの例えなのかもしれません。





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サンドラの週末

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JUGEMテーマ:洋画

サンドラの週末

「サンドラの週末」
原題:Deux jours une nuit
監督:ジャン=ピエール・ダルデンヌ
2014年 イタリア=フランス=ベルギー映画 
95分
キャスト:マリオン・コティヤール
     ファブリツィオ・ロンジョーネ
     オリビエ・グルメ
     モルガン・マリンヌ

病気で休職していたサンドラは、会社がサンドラの
解雇と引き換えにボーナスを支給する投票をしたこと
を知る。復職を目指すサンドラは、社長に再投票を
頼み、週末に同僚たちの家を訪ねて復職への投票を
依頼するが...。

<お勧め星>☆☆☆ 静かな映画で、ラストのサンドラ
の明るい表情だけがよかったな。


予告編はとてもおもしろそうだったし、サンドラがどれ
だけ奮闘するのか、そしてどんな苦難に遭うのか、想像
しながら見始めました。けれどかなり静かな映画で、
サンドラを演じるマリオン・コティヤールのほぼすっぴん
の美しさだけが目立ちます。


サンドラの週末

体調不良による休職からの復帰を目指すサンドラは会社から
解雇通告を受け、絶望のどん底にいるのです。会社側は彼女
の復職かボーナス1000ユーロ支給かを同僚たちに投票させ、
14−2でボーナスに決まってしまったのです。彼女がどれ
だけ休職していたのかわかりませんが、その間彼女なしで
臨時雇いを含めて仕事が回っていたようなので、ものすごく
スキルが必要な仕事内容ではないと思われます。
落ち込むサンドラを支えるのは、彼女の支持に回った2人の
同僚と夫のマニュで、彼女をベッドから起こし、同僚に直接
話をさせようと奮い立たせるのです。このサンドラの家も
彼女が働かないと家賃が払えなくなるという厳しい経済状況
であり、サンドラが向かった同僚の家もどこも決して裕福とは
言えない生活をしています。


サンドラの週末

多分サンドラは心の病であったと思われ、映画内で薬をバカバカ
飲みまくっているのです。これってどう見てもまだ病気だよね。
もちろん福利厚生のしっかりした会社であれば、社員への保障
も手厚いでしょう。しかし彼女の解雇とボーナスを同僚に投票
させ、その上、主任が解雇に入れるように入れ知恵をするような
会社です。多分会社自体も経営がうまくいっていないのです。
再投票を社長に認めさせ、週末に同僚の家を回るも、皆お金が
欲しい人ばかり。内緒で仕事を掛け持ちしている者、ボーナス
がないと家賃が払えない者、子供の学費が必要な者。たった
1000ユーロとは言っても現金が手に入るのならば、同僚間の
感情など<<<<<という感じです。でも彼女は多分とても優しい

人柄だったのでしょう。復職に投票するという人も現れるのです。
落ち込んだサンドラと立ち直るサンドラが幾度となく映り、この
単調なストーリーに飽きてきた頃、遂に月曜日を迎えます。
ラストのサンドラの決断を見ると、彼女の表情は生き生きしており、
これで確実に病は完治に向かうのだろうと予感させます。



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あの日の声を探して

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あの日の声を探して

「あの日の声を探して」
原題:The Search
監督:ミシェル・アザナヴィシウス
2014年 フランス=グルジア 149分
キャスト:ベレニス・ベジョ
     アネット・ベニング
     マクシム・エメリヤノフ

1999年のチェチェン紛争で両親を失ったハジは
幼い弟を民家の軒先に置いた後、町をさまよっている
ところをEUの人権委員会のキャロルに保護される。
一方ロシアのペルミで警察に捕まった19歳のコーリャ
は、兵士になるための訓練を受けるのだった。

<お勧め星>☆☆☆半 様々な方向からチェチェン紛争
について描いたためにやや中途半端な描き方になりましたが
見ごたえのある内容でした。


チェチェン紛争といっても日本から見るとはるか遠くの話
であり、幾たびか悲劇が繰り返されてきたのに、記憶から
すぐに消えてしまいます。しかし彼らは今も厳しい状況に
置かれていることは変わりがないのです。特にこの映画は
グルジアとフランスの共同制作ですが、パリでの同時多発
テロが起きた現在、フランス人がイスラム教徒である
チェチェンの人々へ前と同じように寛容であるかどうかは
わかりません。
ストーリーは3人の視点から描かれます。1999年、
第二次チェチェン紛争で両親をロシア兵に射殺され、姉と
はぐれたハジが幼いヴァクハを連れて逃げ出す姿。


あの日の声を探して

そしてロシアのペルミで警官に捕まった19歳のコーリャが
その年齢ゆえ刑務所に送られず、兵士となるために訓練を受け
始める姿。


あの日の声を探して

もう一人はフランス人でありEUの人権委員会のキャロルの
姿です。
冒頭、のんびりとVTRカメラを回す若い兵士の声が聞こえ、
彼が軽く話すその先には、「スパイ」と呼ばれ銃を突き付け
られているチェチェン人夫妻と娘が命乞いをしているのです。
アラーへの祈りを始めた途端、父は銃殺され、続いて母も
銃殺されます。家の窓からそれを見ていた幼いハジは赤ん坊
の弟ヴァクハを抱きながら銃の音にビクリと体を反応させ、
そして泣き叫ぶ弟の声を聞きつけて入って来た兵士から身を
隠します。兵士はヴァクハにおしゃぶりをしゃぶらせて去って
行くのです。彼はそれを見ると弟を抱えて必死で逃げ始めます。
どこへ行ったらいいのだろう。姉ルイーサは兵士が連れて行って
しまった。途方に暮れたハジが瞳から大粒の涙をこぼします。
この姿は本当に辛い。

一方ロシアのペルミでドラッグを持っていたことで警官に捕まった
コーリャは、どうも不良らしく、年齢が19歳ということで、
刑務所へは送られず、そのまま兵士として訓練を受けることに
なります。そこでの非情なしごきと暴力、暴言は彼から人間と
しての心を奪っていくのでしょうか。先輩だけでなく、大佐すら
問答無用の暴力を振るいます。さらに彼の仕事は、戦死した
兵士を遺体袋に収め、書類を書く仕事を与えられるのです。
彼はこのチェチェン紛争について何の知識もないまま、ただ
戦闘の訓練を受け、いずれは戦地に送られるという、戦争の中の
弾薬の1つ程度にしか存在価値がないかのように描かれます。
彼は先輩から「チェチェン人はみんなスパイだ。」という憎しみ
だけを植え付けられていくのです。これはもしかしたらウクライナ
派兵されたロシア兵も同じなのかもしれない。

ハジは、赤十字に保護されたものの、言葉を発しません。それは
目の前で起きた恐怖と悲しみで、人への接し方を忘れてしまった
のでしょう。彼のリュックから弟のセーターが出てきたのを
見つけられ、ハジは、その場から逃げ出してしまうのです。この
気持ちもよくわかります。自分が世話をすべきだったのに、手に
負えず置いてきてしまったことへの罪悪感。
そんなハジを見つけたのは、EU人権委員会のキャロルです。
キャロルの話す言葉はフランス語なので、ハジにわかるはずもない。


あの日の声を探して

キャロル自身も何も言葉を発しないハジへの接し方に戸惑う
のです。ここでEUと国連との立場の相違も描かれます。国連は
ロシアに配慮して、チェチェン紛争への介入を仲裁することは
しません。目の前にこれほど難民が押し寄せているのに、大国への
配慮が国連の仕事なのでしょうか。それはシリア然り。
ストーリーはラスト付近に奇跡的な再会を描きますが、その後、
オープニングのVTR映像の意味が分かります。あれは時間軸を
ずらして映していたことにやっと気づくのです。あの若い兵士
はコーリャだったと。

チェチェン紛争について人々の記憶を呼び戻したことは価値が
ありますが、この映画で何を一番訴えたかったのかということは
見終わってもわかりませんでした。

キャロルが言葉を発しないハジに絵を描くことを勧め、家族や
家を描いて渡すと、それを1つずつ消しながら涙をこぼすハジ
の姿には見ている側も涙を流さずにはいられませんでした。


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最初の人間

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最初の人間

「最初の人間」
原題:Le Premier Homme
監督:ジャンニ・アメリオ
2011年 フランス=イタリア=アルジェリア映画
105分
キャスト:ジャック・ガンブラン
     カトリータ・ソラ
     ドゥニ・ポダリデス

1957年、パリに住む作家ジャックは、生まれ育った
故郷アルジェリアを訪れる。しかしフランス軍の蛮行への
アラブ人の反発は強まっており、彼のスピーチは非難の的
のなってしまう。そんな彼は危険を冒しながら、実母や
かつての知り合いを訪ね始めるのだった。

<お勧め星>☆☆☆ いい映画だと思うのですが、とにかく
睡魔との闘いでした。


「異邦人」「ペスト」などを書き、ノーベル文学賞を受賞した
アルベール・カミュの未完の自伝的小説「最初の人間」を
映画化したものです。彼の死にはKGBが絡んでいるという噂も
ありますが、1960年に友人の運転の車の事故で死亡して
います。
映画内で映し出される1950年代と1920年代のアルジェリア
の景色は、海の青と美しい自然が映え、まことに美しいです。
時折兵士やそれらを乗せた軍の車が走るのや、路上で物乞いを
する人の存在、そして爆発事件発生などが、この時期のこの国
の混乱した状況を物語ります。

「抑圧者による暴力が被抑圧者の暴力を生む」
パリでの同時多発テロが起きたばかりの今、この言葉の重みを
感じざるを得ません。
主人公のジャック・コルムリは、フランスからアルジェリアに
入植した者の息子であり、その父は第一次大戦で戦死を遂げ、
母と叔父、祖母とともに貧しい暮らしをしていたのです。
ストーリーは今や小説家として成功し、パリに妻子と共に住む
ジャックがアルジェリアを訪れるところから始まりますが、当時
元々住んでいたアラブ人と入植者であるフランス人との間に
対立が深まっており、フランス軍は、彼らの破壊活動を封じ込め
ようとしていました。それは、不当逮捕、不衛生な環境での拘留、
拷問、処刑などであったわけです。アラブ人居住区の劣悪な環境と
彼らから痛いような視線を受けるジャックの姿を映像が克明に
描きます。
ジャックはそれを全て知ったうえで、どちらが「悪」と敢えて
明言せず、どちら側にも謙虚に誠実に接していきます。彼がなぜ
ここまで暴力を否定したのかは、幼い頃から祖母に激しい体罰
を受けてきたからかもしれません。
貧しいけれど、才能がある彼の見出してくれた恩師ベルナール先生。


最初の人間

最初の人間

2人の会話は重みのある内容だった気がするのですが、ただ
わかったことは、ジャックは自分が「アルジェリア人」であると
考えていることです。「アルジェリア」という祖国がある人物
はアラブ人でもフランス人でもなく「アルジェリア人」なのです。


最初の人間

「パリに来ないか?」と年老いた母親にジャックが言葉をかけても
「わたしの祖国はここよ」と答えが返ってきます。ジャックが
生まれた農場の今の持ち主も、親はマルセイユで暮らしているが、
自分はここが故郷だと言う。
宗教や人種を超えて、1つの国の国民として、謙虚に誠実に生きて
いくことが、再び今の世界に必要になっているのかもしれません。





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15歳、アルマの恋愛妄想

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15歳、アルマの恋愛妄想

「15歳、アルマの恋愛妄想」
原題:Fa meg pa,for faen!
監督:ヤンニッケ・シースタ・ヤコブセン
2011年 ノルウェー映画 76分
キャスト:ヘレーネ・ベルグスホルム
     ヘンリエッテ・ステーンストルプ

15歳のアルマは、片田舎の生活の飽き飽きし、
テレフォンセックスにふけっている。ある日
パーティーに参加したアルマは、片思い中の
アルトゥールから思いがけない行為を受け、それを
友人にしゃべったことから、学校で仲間外れになる
のだった。

<お勧め星>☆☆☆ ティーンのおバカ映画と思った
ら、結構爽快感が残るラストになっています。


スコッデハイメンというノルウェーの田舎町が冒頭から
映り、よく言えば自然豊かでのどかな風景、悪く言うと
何も変化もないつまらない印象を受けます。この町に
住む15歳の高校生アルマは、とことんこの町に飽き飽き
し、それを1つずつの景色を映しながら、彼女の言葉で
表現していくのです。そしてテレフォンセックスにふける
彼女の姿が見られ、ちょっとショッキングだけれど、これ
くらいの刺激が欲しい年頃なんだろうとも納得します。
雑誌や映画、テレビ番組での恋愛模様が、現実世界でも
起きると信じる年頃ってあったよなあ。例えば、上靴の中
にラブレターが入っていたり、「好きです」と告白したら
「実は僕も前から好きだったんだ」とかっこいい先輩に
言われる。そんな夢物語に妄想を膨らませたものです。
とはいえ北欧の女子はかなりマセているので、妄想がかなり
リアル。

アルマと親友で双子のイングリットとサラ姉妹は、バスで
高校へ通うのですが、町の名前が書いてある看板にいつも
中指を立てるわけです。


15歳、アルマの恋愛妄想

バス停でのこの風景は映画内で何度も見られ、その都度3人
の状況が異なるのが少しだけ笑えます。
そんなアルマは、青少年センターのパーティーで、片思い中の
アルトゥールと何度も目が合ってしまう。絶対に彼は自分に気が
あるな、と思って外に出ると、彼も出てくるわけです。ここで
キス?いえあろうことかアルトゥールは、自分の局部を出し、
それをアルマの太ももに押し付けてくるのです。


15歳、アルマの恋愛妄想

アルマは驚いたものの、その先を妄想し、ちょっと喜びながら
イングリットに話すわけです。すると自分に気があると思って
いる彼女に否定され、あげくのはてにアルトゥール自身にも
「ひどいな」
と言われてしまう。これで全ておじゃんですね。次の日から
アルマは学校で仲間はずれになり、「ちんちんアルマ」という
不名誉なあだ名ももらうことになるのです。このイジメのシーン
は陰湿に描かれず、割と明るめの内容なので、アルマの孤独も
悲しげには映りません。但し、その後も妄想にふけるアルマと
娘の早熟な行動に戸惑う母親の姿が映ると、日本でのティーンの
姿と重なって見えてくるのです。


15歳、アルマの恋愛妄想

一方でイングリは、高校のコーラス部であり、そのギター担当が
アルトゥール。これがださい歌ばかり歌っているんですよ。また
サラは、なぜか死刑を廃止するためにテキサス州へ行きたいと
考え、死刑囚と文通しようとせっせと手紙を書いています。
なんで死刑囚と文通したいんだろう。実はこの手紙はポストに
投函されず、引き出しにためていることが終盤わかります。その
頃にはヒャルダンというちょっと臭い(なんでかわからない)
男の子と恋に落ちている。サラとイングリットの好対照な姉妹
はその姿も全く異なるので最初は双子と思わなかったです。
そしてバイト先でポルノ雑誌を盗んだアルマは、それが母に
知られ外出禁止になります。じゃあ、もうこんな町捨ててやる!
おまけにアルトゥールは突いたことは認めたのに、恋人がいる
何て言うし。

アルマはサラ達の姉マリアの暮らすオスロを目指してヒッチハイク
を始めます。ずっと外の空が明るいのは白夜だからかしら。
姿が見えないアルマの行方を知っていたのが、いつも覗き見して
いる隣家のマクダというのもおかしいです。それも時刻も行き先
もばっちり当てるんです。どれだけ覗いていたんだろう。
ラスト付近にアルトゥールに
「僕たちは似た者同士だ」
と言われたアルマが、きっぱり
「違うわ。わたしは弱虫じゃない」
と言ったのはかっこよかった。そうさ、キミは変態気味だよ。
そして夢のようなアルトゥールの行動。妄想じゃなくて現実に
なってよかったねえ。






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トレインスポッティング

5
JUGEMテーマ:洋画

トレインスポッティング

「トレインスポッティング」
原題:Trainspotting
監督:ダニー・ボイル
1996年 イギリス映画 93分 R15+
キャスト:ユアン・マクレガー
     ユエン・ブレムナー
     ジョニー・リー・ミラー
     ロバート・カーライル
     ケリー・マクドナルド

ドラッグ中毒のマークは、不況真っただ中の
スコットランドで、仲間と共に退廃的な生活を
送っている。しかし逮捕をきっかけにドラッグ
を絶ち、ロンドンでまともな仕事にありついた
マークだったが...。

<お勧め星>☆☆☆ 内容は別にして、音楽と
映像がスタイリッシュです。


当時無名だったユアン・マクレガーがこの映画を
きっかけにスターになっていった作品です。話は
はっきり言ってどうしようもないぐうたらな青年
達の姿を延々と流し続けるのですが、一瞬ごとに
彼らの苦悩や葛藤が見受けられ、それが様々な色調
の映像と共に目の間に映ると、なんとも不思議な感覚
になります。
マーク、シック・ボーイ、ベグビー、スパッド、トミー
はドラッグ仲間であり、処方箋をくすねたり、偽造
したりして、毎日ありとあらゆるドラッグに身を委ねて
いるのです。但し、トミーだけは、ドラッグはやらず
ひたすらナンパ専門。その彼が終盤には、女にフラれ
ヤク中となり、エイズにもかかったあげく、それでは
ない要因で悲惨な死を遂げるという哀れな一生を送る
のです。


トレインスポッティング

この時の描写はセリフで語られるんだけど、それだけで想像
できるような内容。
冒頭から何回目かのドラッグ絶ちを試みるマークは、
「最後の1本」
と言って(これも何度言ったか分からない)ヘロインを打つと
途端に体がフワーと軽くなり、音楽もポップなものが流れます。
一方で、スパッドと共に遂に逮捕されたマークが、自宅で監禁
され、ドラッグ絶ちを行う時の禁断症状のシーンでは、様々な
幻覚が走馬灯のように映し出され、ジャンキーだったアリソンの
子供で死んでしまったボーンが天井を這ってくる。そしてその
首がくるりと180度回転すると、彼の絶望感そのもののような
顔つきを見せるのです。


トレインスポッティング

皆クズなんだけど、喧嘩中毒のベグビーのキレっぷりは尋常では
ないですね。多分頭がイカれているんだな。そんなベグビーは
宝石店強盗で指名手配され、ポン引きになったシック・ボーイと
共にまともに働き始めたマークの元へ押しかけるわけです。結局
もとの木阿弥状態。
それでも最後はベグビーを出し抜き、仲間を裏切ったことで、マーク
は「普通の生活」に戻ろうと行動します。
「若気の至り」とよく言いますが、まさに若いからできたことで、
それをいつまでも続くと考えるのはとことんバカなのかもしれません。



    
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木洩れ日の家で

4
JUGEMテーマ:洋画

木洩れ日の家で

「木洩れ日の家で」
原題:Pora Umierac
監督:ドロタ・ケンジェルサヴスカ
2007年 ポーランド映画 104分
キャスト:ダヌタ・シャフラウルスカ

ワルシャワ郊外の古い屋敷に91歳の老女
アニエラは1人で暮らしている。彼女は愛する
この家で、一人息子家族との同居を望むが拒否
され、楽しみは愛犬フィラとの会話と両隣の家
をのぞき見することだった。

<お勧め星>☆☆☆半 全編モノクロながら、
まるで明るい日差しがさしているかのような
ラストシーンになっています。


一番素敵だったのは、老婦人アニエラの愛犬フィラ
の演技です。


木洩れ日の家で

もちろん編集の技に決まっていますが、食事をするアニエラ
を見つめ、口から流れるよだれを何度も飲み込む姿、電話が
鳴り、2階から降りるアニエラの動きが遅く、ベルが鳴り終え
てしまうのを繰り返すうちに、先に駆けおりて受話器を外す
ことを覚える姿、叱られると何かに隠れる姿など、どれを
とっても芸達者に見えます。
オープニングシーンは、女医の無作法な言葉に怒るアニエラ
の姿です。撮影当時この女優さんも91歳であり、それゆえの
味わいのある表情をいくつも見せてくれます。
アニエラはワルシャワ郊外の森深くに建つ古い家に1人暮らし。




この家がまことにおとぎ話に出てくるような時代を感じさせる
作りなのです。彼女はこの家をこよなく愛し、かつてここで
起きた出来事を毎日思い出しては、良き時代の思い出に浸って
います。しかし時折物忘れをするし、めまいにも襲われる、
という健康の不安から、一人息子ヴィトゥシュ一家との同居
を願うのですが、のらりくらりとはぐらかされ、たまにやって
来ても息子はすぐに帰っていきます。この家の庭には手作りの
ブランコがあり、かつて息子が楽しく乗ったものなのに、彼の
娘、つまりアニエラの孫は太り過ぎていて、ブランコをこぐこと
すらできません。
映画の中盤付近で、あまりに無作法な孫娘に
「あんたはクジラみたいに太っている子!」
とアニエラが言い放つと、みるみる顔をゆがめ、泣き出す孫娘。
ここはちょっとしてやったりだわ。幼いことと行儀が悪いことは
同列には扱えないもの。
アニエラの楽しみは両隣の家を双眼鏡でのぞき見することなのです。


木洩れ日の家で

片側の家は、金持ちの愛人が住んでいるらしく、もう片側では
少年少女のために音楽クラブが開かれ、へたくそな演奏をして
います。
アニエラの日課は、ラジオをつけ、掛け時計のネジを巻き、口紅
をひくことから始まるのです。それがテンポよく描かれ1日1日
と過ぎて行き、ある日突然見知らぬ少年が家に入り込んできます。
フョードルと名乗る少年は音楽クラブの子どもで、どうやら孤児
らしい。彼はとてもうれしそうに例のブランコをこいでいくのです。
そしてアニエラは、息子がこの家を母から譲られた後、愛人持ちの
金持ちの隣人に売ろうとしていることを知ってしまうのです。
あんなに可愛いかった息子が...。そして嫌っていた嫁がアニエラの
ことを逆に気づかうなんて。
アニエラは息子の写真を踏みつけある所へ電話をし、そしてカーテン
を閉め、喪服を身にまとい、鏡にカバーをして、ろうそくをともし、
ベッドに横になります。
「さて、死ぬ時が来た」

...「冗談じゃない」
アニエラは大好きな庭のブランコをこぎます。その姿はブランコを
こぐアニエラの視点で、木々や空が揺れて描かれていきます。その
姿はなんと生き生きとしているのでしょう。
そしてアニエラは、この家を音楽クラブに譲る決断をします。少し
ばかりの宝石は、この家の補修費用に充て、このままの姿で残し、
ずっと使い続けることが条件なのです。それを喜んで受け入れる
クラブの主催者と再び息を吹き返したこの家のにぎやかさに喜ぶ
アニエラの姿は、見ていてとても心地よいものです。
ラストは彼女の愛用のティーカップが割れ、違うカップで紅茶を
入れて上の階の彼女の元へ子供が運んでいくと、彼女の返事は
ありません。ただフィラだけが彼女の足の間に体を委ねているの
です。BGMも美しく、気持ちの安らぐものになっています。





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